【残念な人の六道】六道は死後の世界ではなく今の世界と捉えてみる


六道(ろくどう)

地獄道 など を死後の世界の
輪廻や転生で捉える人がいる。

自分は基本全て
今生きている世の中の、道と解いた。

六道 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93
天道 天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。

人間道 人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。また、唯一自力で仏教に出会える世界であり、解脱し仏になりうるという救いもある。

修羅道 修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

畜生道 畜生道は牛馬など畜生の世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、使役されなされるがままという点からは自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。他から畜養(蓄養)されるもの、すなわち畜生である。

餓鬼道 餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。旧暦7月15日の施餓鬼はこの餓鬼を救うために行われる。

地獄道 地獄道は罪を償わせるための世界である。詳細は地獄を参照のこと。

上の定義を読むと、修羅道は少し方向が違い、
地獄道は、ちょっと 話が飛んでいてよくわからないけれども
一通りちょっと軽く、それぞれの道を雑談してみる。

修羅道

修羅道は争い好きの人たち。
グローバルで争ったり、
資本主義で争ったり
意味のないところで競争を仕掛けたり、喧嘩を売る。
自分の力を試したい時があるのはわからないでもないが、
その時ちょっとそれた方向に行ったり
わざわざ問題を起こして、自分の価値を高めようとする人だ。

畜生道

畜生道は、動物という意味ではなく
家畜と言われるように、 畜という字は(例えば人に)養われていることを指す。
会社で自ら動かす人ではなく、おんぶにだっこ状態の人
無責任に人になすりつけ、思考停止の人だ。

特に悪いことしていなくても、よく考えることもなく、恥も知らず、ましてや仏の教えなど気にしたこともないもの、お布施をもらってもその心に応えないもの。

「往生要集」には、畜生道で生きていくことがいかに苦しいかについての~描写がある

本当に恐ろしいのは、知恵の光が閉ざされた暗愚な世界に生きていることだ。そのため、別の世界に行生まれ変わるのに、~   遥かに時間がかかること。
~頭が働かないので自分の行いを反省することができず、いつまでたっても転生することができないのだ。つまり畜生道は一度落ちたら、なかなか這い上がれない、
日本人の「地獄と極楽」

仏法や仏の教えが気になる人は、この世の摂理や周りとの関係と思えば、
少しサイエンス的にすっと捉えられると思う。

会社に畜(ちく)されて生きている人は、知恵が働かなくなり
その巨大な図体という会社に寄生している虫であるため
一緒にお亡くなりになることもある。

「反省して、自立すれば良いっす」ってことですね。

餓鬼道

餓鬼道は欲望の化身であり、
際限なく欲する人のことである。

欲望とは、きりがないため、
欲望を手に入れたと思っても
火のように消えてなくなる。

また更に欲しがり、永久にその繰り返しをし
苦しむ人だ。

あまりの欲の苦しさに、他の人のものを奪う。

餓鬼 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%93%E9%AC%BC
その業因によって行くべき道の故に、これを餓鬼道(界)という。夜に起きて昼に寝るといった、人間と正反対の行動をとる

「正法念処経」では36種類の餓鬼がいると説かれている。

  1. 鑊身かくしん、私利私欲で動物を殺し、少しも悔いなかった者がなる。~
  2. 針口しんこう、貪欲や物惜しみの心から、布施をすることもなく、困っている人に衣食を施すこともなく、仏法を信じることもなかった者がなる。~
  3. 食吐じきと、自らは美食を楽しみながら、子や配偶者などには与えなかった者がなる。
  4. 食糞じきふん、僧に対して不浄の食べ物を与えたものがなる。~
  5. 無食むじき、自分の権力を笠に着て、善人を牢につないで餓死させ、少しも悔いなかった者がなる。
  6. 食気じっけ、自分だけご馳走を食べ、妻子には匂いしか嗅がせなかった者がなる。供物の香気だけを食すことができる。
  7. 食法じきほう、名声や金儲けのために、人々を悪に走らせるような間違った説法を行った者がなる。
  8. 食水じきすい、水で薄めた酒を売った者、酒に蛾やミミズを混ぜて無知な人を惑わした者がなる。~
  9. 悕望けもう、貪欲や嫉妬から善人をねたみ、彼らが苦労して手に入れた物を詐術的な手段で奪い取った者がなる。亡き父母のために供養されたものしか食せない~
  10. 食唾じきた
  11. 食鬘じきまん、仏や族長などの華鬘(花で作った装身具)を盗み出して自らを飾った者がなる。
  12. 食血じきけつ
  13. 食肉じきにく、重さをごまかして肉を売った者がなる。肉だけを食べられる。
  14. 食香烟じきかえん
  15. 疾行しっこう、僧の身で遊興に浸り、病者に与えるべき飲食物を自分で喰ってしまった者がなる。
  16. 伺便しべん、人々を騙して財産を奪ったり、村や町を襲撃、略奪した者がなる。
  17. 地下じげ、悪事で他人の財産を手に入れた上、人を縛って暗黒の牢獄に閉じ込めた者がなる。
  18. 神通じんつう、他人から騙し取った財産を、悪い友人に分け与えたものがなる。涸渇した他の餓鬼に嫉妬され囲まれる。神通力を持ち、苦痛を受けることがないが、他の餓鬼の苦痛の表情をいつまでも見ていなければならない。
  19. 熾燃しねん、城郭を破壊、人民を殺害、財産を奪い、権力者に取り入って勢力を得た者がなる。
  20. 伺嬰児便しえいじべん、自分の幼子を殺され、来世で夜叉となって他人の子を殺して復讐しようと考えた女がなる。生まれたばかりの赤ん坊の命を奪う。
  21. 執杖しつじょう、権力者に取り入って、その権力を笠に着て悪行を行った者がなる。 。
  22. 食小児じきしょうに、邪悪な呪術で病人をたぶらかした者がなる。
  23. 食人精気じきにんしょうき、戦場などで、必ず味方になると友人を騙して見殺しにした者がなる。人の精気を食べる。常に刀の雨に襲われている。10年~20年に一度、釈迦、説法、修法者(仏・法・僧)の三宝を敬わない人間の精気を奪うことができる。
  24. 羅刹らせつ、生き物を殺して大宴会を催し、少しの飲食を高価で販売した者がなる。
  25. 食火炭じきかたん、監獄の監視人で、人々に責め苦を与え、食べ物を奪い、空腹のため泥土を喰うような境遇に追いやった者がなる。
  26. 食毒じきどく、毒殺して財産を奪ったものがなる。
  27. 曠野こうや、旅行者の水飲み場であった湖や池を壊し、旅行者を苦しめた上に財物を奪った者がなる。
  28. 住塚間食熱灰土じゅうちょうかんじきねつかいど、仏に供えられた花を盗んで売った者がなる。
  29. 樹中住じゅちゅうじゅう、他人が育てた樹木を勝手に伐採して財産を得たものがなる。
  30. 殺身せっしん、人に媚びへつらって悪事を働いたり、邪法を正法のごとく説いたり、僧の修行を妨害した者がなる。

ざっくりいうと、
人の道と反対の道を進む。
自分で生み出せないで奪う人は
すぐなくなってきりがなくなる。
また、犯したカルマから
自分の周りに悪循環を育ててしまう餓鬼の道に
吸い寄せられる人ということだろう。

お金を貰う人は、すぐなくなり
お金が少ないと嘆く。

物を作れない人が
盗るように手に入れると、
それでは満足できなくなって
すぐ他のものを欲しがる。

自分でする、ものはいただくに限る。

人のものを強引に自分のように盗るのではなく
自分で作れば楽しいし
不足していると感じることはたしかにないかもしれない。

完成品ばかり欲しがる人は、
欲望の連鎖で餓鬼道に落ちやすい可能性がある。

一旦奪い始めると、奪う以外の方法が見えなくなり
泥沼になるのだろう。

施餓鬼は別の話で、飢えでなくなった人や、
早くになくなった子供への
供養なのかもしれない。

地獄道

餓鬼道に近いかもしれないが、悪徳や欲望に溺れた状態とすると
この行いを重ねると、奈落の底に落ちていく。

西洋の地獄とはまた別の概念だと思う。

五戒 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%88%92
不殺生戒(ふせっしょうかい)
不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
不邪婬戒(ふじゃいんかい)
不妄語戒(ふもうごかい)
不飲酒戒(ふおんじゅゅかい)

必要以上にお肉を食べたり、魚を取ったり
人を殺したり、嘘をついて盗んだり。

エンターテイメントが混じっていて、本筋を見つけにくいが
餓鬼道に以上に、逃れにくいものなのだろう。

気軽に地獄に落ちろと言ってはいかんね。

このように

現代の人は、ほとんど今
修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道にいる。

一部の人は、人間道にいて、
恐らく、徳の高い方、
天皇陛下の今のあり方や、ムヒカ大統領や
チベットのダライ・ラマなどは、天道に近い道を
歩んでいると思う。

地獄道も餓鬼道も
絵の存在が良くない。

絵は単なるエンターテインメントとして
創作映画であり別物としてみたほうがいい。

特に畜生道の定義のフィット感が
調べていて面白いと感じた。

日本の教育は国民の総意として
畜生道や阿修羅道を勧めているような気がする。

平和な日本は、争いや犯罪が少なくても
苦しむ人がいる(畜生道)のもなぜか嫌な意味でスッキリしてしまう。

えっ?私の住んでいるところ?
住所は
修羅道 2丁目、畜生道、餓鬼道、地獄ストリート 3番地で
早く人間に成りたい会員No.3兆103です。
畜生道から引っ越ししたいと思います。

まあこのように六道も
死ぬことがセットだとしなくても、
スムーズに解釈できますね。

あくまで一説ですが
当初言った人はそういう意味で
伝えたのかもしれません。

人の話はよく聞かんと   いかんばい

おまけ

今回調べていて、みうらじゅんのマイ仏教という本を見つけた。
ちょっと面白そうだ。
ちなみにみうらじゅんは、笑っていいともの出演で広がったマイブームや、クソゲー、ゆるキャラという言葉を作った人らしい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。