世界でお金の巡りがおかしく悪いわけ


※結論を言うと、信用通貨における中央銀行の金融(特にデフレ対応策に向けた)設計不備です。

お金の巡り

お金はどう巡っているのでしょうか?

社会が豊かになるとき、お互い得意なものを生産して交換し合うほうが豊かになれます。

その交換し合うとき、条件として考えると、市場となるマーケット、モノ・サービス、受け手(買い手)と売り手の存在が必要です。

買い手は、サービスに応じて感謝やお金を渡します。
社会的な視点で見ると、売り手は買い手と同一人物のようなものなので、渡ったお金が、また次の市場になっても巡ります。

このとき、現在の中途半端な金融の仕組みですと、買い手は以前の稼ぎが必要になります。

逆の見方をすると、売り手が良いものを作っても(生産力がある)、売れないケースがあることがわかります。

つまり、次の図のように買い手に不足分があるとそれがボトルネックになり、売り手はしっかりと豊かさを生産できたにも関わらず、お金を得ることができません。買い手としてもお金が一時的に不足しているだけで、豊かさがそこにあるにもかかわらず享受(受容可能な社会の豊かさが減少)できません。それが廻り巡って、次の取引につながり、また不足します。

このように次々と生産の不足ではなく、お金の不足の連鎖がつながります。

お金の発生

その下の図は、お金はどこから発生するのか、もう少し視点を引いています。

前頁の流れを踏まえると、お金は生産したからといって、売れるとは限りません。ダメなものを作ったから売れないのではなく世界の金融の機能不全からお金が不足して売れていない原因もあるのです(多大に影響があると思います)。

ここでは省略しますが、日銀はお金の不足にほとんど対応できません。また銀行や融資にしても、売れるものが作れていないという浅めの視点でしか見ておらず、買い手が単にお金が不足しているときを切り分けていません。

※子ども食堂や3keys や低所得者児童向けの学習クーポンの会社(CFC:チャンスフォーチルドレン)はこの循環を改善し、日銀の金融システム不足を多少でも補完できます。つまり政府は国債発行してでも資金を提供して問題ありません。未来の生産力なので(教育などの分野は)一層国債と相性がいいです。

このままでは、伝達でしか流れない

お金とは、上流からつまり、既存の業務、国という発生源からしか、巡りません。人間の認識の限界から、投資不足といっていますが、投資の機会を奪って頭を悩ませている姿というのは滑稽です。

お金が汚い、ビジネスは、金持ちを相手にしないといけない理由も現在の金融システムを考えるとあながち間違いではなかったのです。

これでは、既存の何も考えない人にもお金はいきますが、目の前のことを助けた人にお金が回りません。既存で稼いだ人たちのサービスは充実しますが、それ以外のことは充実しません。

あまりないのかもしれませんが、大手や国に媚を売る人も出てくる可能性もあるでしょう。しかも問題なのは、それ以外の人が生きにくい(生産力の助長が社会システムとして一部欠損)していることが問題です。

豊に、きれいな社会になるためには、右側も循環させる。しかも安心、弱者にやさしいということは、子供や年配にも優しいということです。 サービス受領者の代わりに日本国民の全体を象徴した代表として、 サービス提供者にちゃんと の感謝の意を示し信用(お金)を届けていいと思います。つまり
・ 実績がなくともサービスを受けていい
・ 働かざるもの食うべからずにこだわりすぎ

日本という コミュニティ内で余裕があれば、分けていいし、そうしなければ、サービス提供者がうまくいかない原因について混乱します。
(つまりコミュニティ単位が戦後、たくさん村から会社になりましたが、会社から国に倒すべきだと思います)

左側のみしか生存させないとすると、中間層は長いものに巻かれ、右え倣えする人も多いので、社会全体が豊かになることに頭を使わない、つまり頭の悪い人が増えます。頭を使って考えてもなぜかうまくいかないためそういう人が社会の中に生き残っていきません。これは社会として甚大な損害だと思うのです。
右側を軽視すると豊かさから遠ざかります。

※ちなみに、ある番組で高齢者に聞いた役に立たないことわざに「長い物には巻かれよ」がかなり上位に入ってました。しかも相当起こっているようでした。正しくないことはいずれ破たんしますし、お互いよくないことをやる可能性も高いのでしょうがなく起こりえるのでしょうか。

現在のシステムのデメリット

これは、社会が豊かになるチャンス、不安(けがや事故、子供/老齢での弱い立場)を改善できるチャンスを同時に改善できるということでもあるのです。

福祉や介護においても、保育士においても、労働力があり、適切な対価は払っても金融的に問題がありません。ただ届けるルートがないだけ(人的ミス)。

また、これは過去に生産した人を優遇しすぎるということにもなり、現在の状況が変わってもスムーズに変化しにくく、不平等でもあるのです。

今あることは過去の人の頑張りでもあるのでリスペクトは刷れども、今あるのは今生産しているからです。同様に40年後豊かに暮らすためには40年後たくさん生産することであって、たくさんをお金を持つことではありません。極端に言えば1京円もっていても、物乞いや体裁ばかりで、生産する人たちがいなければ何の価値もないのです。

年金に対して、空虚だと思う根拠はここです。

解決

ボトルネックの部分にお金がないから、巡り巡っていつまでも、お金が廻らないことがわかります。

現状では、①お金の総量が少なくても同様のことが起こりますし、②お金の総量があっても市場に流れなければ、同様に取引が成立しません。また今のような上流となる既存事業・国の事業からお金が流れていく仕組みでは(それ自体不公平性がありますが)、③広がる前に消費税などの徴税を行うのはさらに不公平を助長し、お金が廻りません。伝達していく前にまた上流に蒸発していってしまいます。

※アメリカは州ごとの税率ですが双子の赤字であるようにお金の供給量も多く、アラスカを除いてもVAT(付加価値税:消費税のようなもの)相当の税は6%前後です。ユーロは20%のVATから成長が鈍化してきており、一旦IMFをはじめ、緊縮財政の失敗を認め2019年イタリアも積極財政に転換しました。

ボトルネックの個所にお金を届けることがポイントになると思います。


ただ、サービス受け手にお金を渡すというのはまだ表面的で、どちらかというと金融システムとしては、生産した人に不足分を払うシステムが必要だと思います。

懸念

インフレ?

反論として
お金がインフレになると過度な状況を想定していますが、まず生産力が満たされた状態で不足した取引をスムーズに動かすことがお金の目的です。

社会が豊かになることが、一番重要なことで、金融システムはそれに合わせて調整し変えるべきなのです。現在の機能不全のシステムをなぜ維持しようとするのか?それがどう社会に役立つのか?この方法より全国民が豊かになるのであればそれでいいと思います。

また、インフレやお金の定義が不明瞭な人が多いです。
インフレというより、お金を欠乏させて(希少性を高め)むしろ過去に生産した人が、今生産した人を欠乏させて 実質 買いたたいているようなものです。お金を取引に合わせる時は、インフレではなくむしろその状態こそが安定した状態であり、目指すべき状態です。その時に問題になるのが、労働力や資源の不足、そして分担の方法です。

その問題の手前になぜか人的なお金不足という問題を作っています。それは社会のことを考えているのではなく、生産できない人が生産(総量は増やすことができる)をわかっていないため、限られたパイが不足する不安や人間の社会性(役に立ちたい、役に立ってると思いたい)から、自分たちが特別な地位にあることを、無意識に要求しているのではないでしょうか?

’71ニクソンショック以降、銀・ダイヤのような商品的なお金から、日本の生産力(日本円で何を享受できるか)が裏付けとして変わってきました。つまり日本に生産余力があれば、それにあわせてお金を届けるのが本来の今の中央銀行の使命です。

しかし、今の中央銀行は発行はできても、届けることができていません。問題を認識していないのか、現在のルールの中で考えているのか、わかりません。

働かざるもの食うべからず?

稼げていない人に、「サービス提供するのはけしからん」と思う人もいるかもしれません。

幸せになって何がいけないのでしょうか?生産余力があれば怠けてもいいでしょう。それは省エネにもつながります。むしろ年金40年分余計に働くことこそが無駄であり、環境破壊に悪影響を及ぼします。マクロ的に見れば、 貯めるよりも 家族や子育ての方が豊かさにつながることがわかると思います。

社会として豊かになるということは、あなたも豊かになる可能性が広がりますし、またあなたが貢献し認められる可能性も増えること(名声、感謝)にもなります。

老後、安心して暮らしたいということは矛盾しませんか?

コミュニティ単位を個人ではなく日本としてみれば、農耕時代の村と同じように、得意不得意な人がでても、分け合うことは問題ないというのはしっくり理解できると思います。

国がすべきことを会社に押し付けるため、保険ポイントや、最低賃金、交通機関の値段、社会保険を会社に押し付け、働く場所がおかしなことになるのです。

お金がポイントではなく、享受できるか生産できるかがポイントであり、全国民が享受できるように、それを満たすためにお金を道具として使うのです。モノの値段を固定させることは、そもそもできないことでもあるためやるべきではありません。そしてそれをクリアしてから、デメリットを抑えることを考えるのです。システムを維持してから社会が豊かになることを考えるのではなく、すでにできるやるべきこと(豊かさ)をしてから、それに合うシステムを考えるのです。

気づいたきっかけ

なぜか、目の前に良いことができるチャンスがあるにもかかわらず、スルーされる機会が多いことに何度か気づかされました。それが積み重なってくると少し怒りにも似た疑問がわいてきます。

仕組みを考えてみると、どうやら時間やお金が原因そうでした。

お金について本当の内容を、考えたり調べたりしていくと、だんだんと金融システムが見えてきたので、これに気付けたかもしれません。(もしかして常識なのかもしれませんが)

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