日常から見る本当の経済2/4ーお金の本質編


2章:お金とは

今回はよくあるように辞書などの定義から入りません。

何か、当たり前となっているものの本質を理解するときは、歴史の分岐点なり、極端に多い時/少ない時、ある時/ない時を考え、どうなるかシミュレーションするとしっかり深く理解できると思います。

どういう

砂漠で、いくら100万円があってもお腹の足しにはなりません。緑が回復してもお金は特に必要ありません。

生活自体には必要ないことがわかります。

そのように緑が回復した村では、もちろん一人でやっているわけではありません。みんながそれぞれ協力して、分担しているのです。

作業分担にも、もののやり取りにもお金は必要ありません。

生産力の向上

村が長く安定し、発展してくると、作業に慣れてくる人も増えてきます。

作業に慣れてくると早く終わるようになり、さらにその村の集団で余ってくるものがあります。牛を増やすのがうまくいく集団と、魚が大漁にとれる集団で腐ってしまう前に、管理が大変になる前に抵抗も少なく分けることができます。

リンゴ、椅子、鳥、パン、道具、鉄など多様なものについて、同様に分けると豊かさが広がってきます。

泥棒や殺人、詐欺、強奪などが良くないのは感情的な面だけでなく社会的な面で良くない理由はわかりますか?(個人的に思うことは本来道徳とは、心の問題だけではなく真理に近く、社会の調和や哲学、法や知恵、現実性・実現性を含んだものだと思います)

たくさんの人を喜ばせると、お礼にものをもらうことになります。もう十分あるもの、腐ってしまうもの、大きいものは遠慮するでしょう。

小さく、持ち運びやすく、人がある程度欲しがるものと交換しました。それが多くの地域で見られる貨幣です。

つまり貨幣は牛みたいなものです。実際現在でもお嫁さんと牛などの家畜を交換することもあります。

一方ある地域ではリーダーとして富を管理し、蓄積する人もいれば、勇敢であったり狩りなどが得意な人の証でもありました。

石貨 (ヤップ島) – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E8%B2%A8_(%E3%83%A4%E3%83%83%E3%83%97%E5%B3%B6)

こぼれ話

【お金】ホントに使われていた、世にも奇妙な”通貨” – 歴ログ -世界史専門ブログ-

使えるということ

お金も普通のものとして交換しているうちに、自分でたくさん作ったものと欲しいものを交換できる媒体としての使い方が浸透してきます。

アリストテレスの政治学の1巻(紀元前322年ごろ)、アダム・スミスの道徳感情論の後に出した国富論(1776年アメリカ独立宣言の年)にはそのような記述があります。日本や世界中の貨幣はどのような使い方をされてますね。アダム ・スミス のほうは、どちらかというと集団の中で優秀でありたいという気持ちやsympathyから役立つ行為をするというようなことから思想の端を発しています。

ユダヤ人が十字軍遠征際に行った 両替商や、大阪、江戸での金座・銀座の両替なども似たようなものでしょうか。

もうひとつは、メソポタミア文明やゴールドスミス、現代でいう手形などの借用書です。これは返済の義務として使われています。

時間的なものや距離的なお金の輸送業務も同様です。実際に一方的な取引ではなく、バランスされた取引では複数の手形の総数の差分のみ移送すればよいので、輸送リスクや手間はだいぶ削減されます。

つまり、ある意味では一定のものがもらえるというお金に近い役割を担うもの として使われています。 金属などの貨幣の場合、それ自体がものでしたが証書自体は価値がないので、ホンモノである必要があります。または誰かの保証を要求して信頼度を高めます。

もう少し詳細に必要条件を考えてみます。
お金はどういうときに使えるでしょうか?

  • お金があること
  • 生産物(サービス等を含む)があること
  • お金と交換したいものを売っていること
  • お金と交換して買いたいものがあること
  • 取引する場 (市場) があること(時間と空間の一致)
  • そのお金に価値があると認識していること
  • (経済が循環すること)
  • (安定すること)

あとで他のものと換えられるから、余ったものを積極的に売る同期になりえます。その「あとで」の時間軸を長くすれば、お金の貯蓄性が強く表れます。

お金がたくさんあるということは人として優れた人の証拠にもなるのです。人は集団生活というものをして以来、優れていることをアピールしたい欲望があります。悪い意味では、差別やブランドのある人や物への信仰、良い意味では人のために努力する力にもなりえます。

お金自体は、泥棒、詐欺などでも保持することができるので一概には言えませんので大きな欠点ですが、それを除いて正しく使えれば、たとえ見ず知らず同士でもモノのやり取りを通じて豊かな生活送れる機会が増えるのです。

例えば、日本に生産力があることが必要条件ですが、あっても海外から求められなければ取引になりません。取引したいと思ってもタイミングと場所が合わなければできません。農作物の場合腐ってしまいますし輸送の問題もあります。またその時根関するものとして、日本円ではだめで、ドルでなければ取引しないかもしれません。

このように短期的にうまくいっても、一方的な方向では偏りが出てしまいます。そうするとどちらかが、これ以上は不要になったり、提供できなくなる可能性があります。

一旦ここで整理しておくと、お金は豊かな生活を送るための効率的手段として使うということが見て取れると思います。

流通のきっかけ

ゴールドスミスの例や、メソポタミアの例、日本の例などからみると、最初は小さな量や、ちょっとした信頼から始まったと思います。現代では例えば日本で、明治政府は円を作り流通させたとき、徴税として米ではなく円を払わせたようです。徴税方法に因りますが、いくらか生産した場合円で納税させることにより日本円の要求が高まり、次第に流通していくことになります。

地域通貨

地域通貨はヨーロッパやアメリカでも考え出されました。ビットコインや仮想通貨という言葉も聞きます。でも多くは上手くいきません。

地域通貨もなかなかうまくいきません。おそらくは、循環が滞り溜まったとしても使い道がないからだと思います。また規模の上でも十分な流通量が確保できるかという点でクリアが難しいと思います。

一般的に言われている仮想通貨のほうは、どちらかというと金を購入するようなもので、お金の性質はないかと思います。デイリートレーダーも近い性質がありますね。まず使い道がないので、今の要求は値上がり期待がほとんどでしょう。仮に値上がったとしても、多くはドルなどの流通通貨に交換されるので、使いやすいとは言えません。流通量(円などに換算した総額は特段意味がない)や使い道の点から、使い道が低いです。また基準となる値が安定しなければ、交換した価値がどうなるかわからないため、交換は抑制されるでしょう。

作者は有名な絵本作家ですが、ムヒカ大統領のようにお金にとらわれる生活に警鐘を鳴らした人物でもあります。また地域通貨の例がいくつか書かれている本です。

硬貨やお札の単位、株式市場、不動産市場があることによる換金性・流動性などの使いやすさについては、今回このページでは触れません。

外貨

外貨というのも、自国内通貨と違います。ドルやユーロが特殊過ぎるのでわかりずらいかもしれません。いくつかの例を挙げて、ニュアンスを感じられたらと思います。

以前旅行した時、アンコールワットのあるシェムリアップのはずれの遺跡で、たばこを吸ってたむろっていた子供たちが、1ドルを恵んでほしいといいました。その姿を見て断ると、日本人なら1万円でもいいよと言いました。

日産のゴーン氏のように、いずれフランスに戻る場合、日常で使う円以外は必要ないので(いらない)、ユーロに取り替えたいと考えるのが普通です。もちろん相対価格が変わるため、いくら川ワラントをかけて最低ラインの保証をしてかけておくのも普通の考えです。

明治維新の頃は、ロシアなど列強の支配の危機がそばにありました。当時飛行機はありません。戦うには視察や学び、戦艦が必要でそのためには、製鉄所や鉄、購入費用が必要でした。そのためには外貨を稼ぐ必要があり、各地域で銅や生糸などを生産し、外貨を急いで稼いでいたのです。できたばかりの円ではまったく意味がありません。

(日露戦争で勝つも、その時支援した裏工作によりロシアで赤軍が生き残りました。そのつながりで滅亡しかけた中国共産党を支援し西安事件が起こり、日本は戦争が泥沼化します。結局ソ連からも1945年にひどい目にあいましたが)。

お金と言えどもものと同じで、いらないものはいらないし、使えなければ価値がないのです。為替があるため自国通貨と同じような気がしますが、本質的には大きな隔たりがあります。為替でスムーズに交換できるのは一定量までです。また輸出等がされていなければ、相対的に円は価値が下がり外国からものを変えなくなるのです。

1840年のアヘン戦争も、イギリスは紅茶や砂糖が欲しいため、一方的な輸入で金が流出したため、東インド会社や海賊はアヘンを売っていたのではないかと思います。

お金自体では、お腹も膨れないので外貨がいくらあろうとも豊かにはなりません。

現在の日本では、日本にない資源(原油(科学技術はある)、鉱物、レアアース)や、効率の悪い(小麦、大豆、ブランドものいわゆるファッション、車、音楽や映画、キャラクター)などを輸入するために、必要になってきます。

輸入量以上の輸出は不要ですし、足りなければ生産するか節約するのはインフレに対処するのと同じ理屈です(国内の人対人の取引が、国際では国対国の取引になったようなものです。ただし通貨が2つ存在しますので、一旦ドルで取引することが一般的です)。

外貨は内需のお金と違い、結局はそれに価値があるとお互いが認識していなければ使えないのです。

71年

1971年が個人的には、現代のお金の性質を話すうえで一番重要だと思います。あまり出てこないのが不思議なくらいです。

1971年は、そう 、ルパン三世がアニメ化された年ですが、
そうではなくてニクション・ショックがあった年です。

直接的な内容は、アメリカが赤字に耐えきれなくなり、金の交換を停止した年です。

時代背景としては、ルーズベルト大統領は大恐慌から、WWIIの軍事景気で富を蓄えたかに見えました。しかし、朝鮮戦争、J.F.K時代にも絡むベトナム戦争と長引くにつれ、アメリカの赤字が拡大していきます。キューバ危機が去ったにもかかわらず、ベルリンの壁や、71年にソ連はソリューズを打ち上げ、 アメリカは 技術的にも精神的にも追い詰められ選択を迫られます。その最初の決断を迫ったのはイギリスで、金の保有量に疑念を持ったイギリスが兌換依頼を行い、アメリカは対応できなくなりました。日本市場だけ空いていたため大量の信頼の失ったドルが日本に流れ込みます。そののち冷戦時代に突入しました。

アメリカはまだ金を持っていて、徳川埋蔵金のように NY銀行に金貨がため込んであるぞといううわさもあったりして、ダイ・ハード3ではそれをモチーフにしたクライマックスが描かれていますね。

ニクソン・ショック – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

宝石や銀貨や金貨のようにお金自体に価値がなくなりました。単純に何と交換できるかわからない「~~$」という裏付け証書があるだけです。

この時に完全に仮想通貨に移行しました。空想通貨と言ってもいいものです。

個人的には、近年のお金を話すうえで、1位を争うぐらい重要だと思いますが、あまりこの件に長く触れている記事は見たことありません。

大恐慌があったのは1929年です。ケインズが表した「雇用・利子および貨幣の一般理論」や高橋是清が間違って金解禁したのは1930年。そのころはおもな裏付けが金・銀でした。

仮想通貨の担保とは

仮想通貨とは半分全員が夢を見ているようなもので、1000円の裏付けを日本銀行が担保しているからと言って、1000円札の担保が1000円と言われても意味が分かりませんね。

近視眼的に見てもよくわかりません。もう少しリラックスして全体、今までの流れを思い出してください。

お金の価値とは、今欲しいものに使えるということなので、今の時点でものがあるか、つまり生産されているかということです。

お金の価値のまとめ

生活に必要なものを互いに協力し合って作り分けていくと豊かな社会になる。

お金は使えるとき、価値がある。つまりお金の裏付けは、現在の生産。未来のお金の価値は、日本の未来の生産力

そのため、個人が年金として貯蓄することは一定量意味はありますが、少なくとも国家・マクロレベルで40年後に貯蓄することに意味はありません。

大事なのは、40年後に立派な国になり生産し豊かさを分け合え、生産し合えること。自立した若者を育て、教育すること。

未来のお金の価値は、未来の日本の姿。やるべきは貯蓄でないと思います。

マネタリーベース

そのままものを分ければ(シェアすれば)、生活が豊かになることに、とくにお金はいりませんが、現代では今のところお金を使って互いに生産します。

せめて出来れば生産した価値とお金の価値らしきものを安定して同調させられると便利ですが、そう簡単ではありません。

苦労に対してお金を払うのか、原価に対してお金を払うのか、感謝の意としてなのか、作られたものに対してなのか。これらは、現地でのおのおのの人に任せられます。

変動パラメータが多いと細かくなるので、大筋をまず整理するため、ここでは、物の生産量とお金の発行金額量との調整をメインに考えていきます。

調整

お金に実体がなくなったので、何か交換したいときにお金があればスムーズにいきます。生産量に合わせてお金が循環すればよいのです。

つまり、たくさん交換したくなった場合、それに合わせてお金を刷り、欲しいものがなくなったり生産が弱くなった場合、それに合わせてお金の量を吸い上げれば、それなりにお金と生産の価値に安定性がもたらされます。

逆に、調整ではなく状態という面から見てみます。

もし、生産が少ない時にお金があると、物に対する金払いが良くなります。逆にお金が生産に対して少ないと、労働に対して適正な価値評価が得られません。

実際には、お金は1回転しかしないものもあれば、何回転もして使われることもあります。また紙幣や貨幣だけでなく、手形などとして銀行の帳簿上で動いたりすることもあります。またお金を借りに発行してから、取引の現場にたどり着くまでラグがあるのでその分余裕を持った発行も必要です。マネータリーベース x 乗数 = マネーサプライ = 取引量 となります。

マネーストック1,000 兆円の矛盾 | ZUU online
https://zuuonline.com/archives/190345
マネーストック残高(M2)が、2018 年5月以降は1,000 兆円

10月のマネーストック、「M3」は2.3%増 1339兆円  :日本経済新聞
2018/11/9 9:29
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL09H4Z_Z01C18A1000000/
日銀が9日発表した10月のマネーストック(通貨供給量)速報によると、代表的な指標の1つである「M3(現金、銀行などの預金)」の月中平均残高は前年同月比2.3%増の1339兆円だった。伸び率は前月(2.5%)から縮小した。
現金通貨と預金通貨は共に伸び率が縮小した。預金通貨の月中平均残高は同6.2%増の663兆7000億円で、現金通貨は同3.7%増の100兆1000億だった。
「M3」からゆうちょ銀行などを除いた「M2」は同2.7%増の1007兆5000億円だった。
「M3」に投資信託や国債など貨幣に比較的近い金融資産を加えた「広義流動性」は同2.2%増の1788兆8000億円だった。

インフレ

生産量が足りないか、要求量が多く、お金が余っているとき。
(生産量:生産余剰分のうち取引可能な量、お金の量:取引につかうお金の量、を省略していっています。)

生産量
お金の量

主に戦争・紛争直後のインフラ破壊など、極端な政策転換後に起きることが多い様です。WWI後のドイツ、外資を排除したジンバブエ、銅が不足気味な時に紙幣を発行し管理できなくなった 金や元、紛争地帯の国や生産がおろそかになった国で、予想以上に生産力が落ち通貨が発行されているとインフレになっているようです。

交鈔 – Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%88%94

インフレ懸念があるときは、生産力の増強と節約によりギャップを埋めていくことになります。生産力増加は、言わゆる新規事業の投資や設備投資など活動の活性化が重要です。

また状況が違って十分に生産されておりお金が多い時は、利率を上げたり、税金等でお金を市場から減らすことが必要です。プラザ合意(1985)の後の日本で引き締めが緩く、土地にお金が流れていったときにバブルになりました。

デフレ

生産量に対して、要求が少ないかお金が不足しているとき。

生産量
お金の量

多くの国で採用されている銀行システムではインフレ型ぐらいしか対応できないため、お金が不足します。大恐慌期も貨幣が不足し、デフレスパイラルが進み、失業が増えてしまいました。

デフレの時は、生産量を減らすか、消費量を増やしたり、お金の流通量を増やすことが必要になります。

ある前提:上記の説明は違和感がないかもしれませんが、無意識のうちにものを売って稼いでからお金を使う前提となっています。お金を使う条件にその前提は必要ありませんよね。

交換量は、生産量、 需要 量、お金の量のいずれも満たされる必要があり、不足した場合、少ない量に引きずられるため、これらの最小値になります。 つまりいずれも少ないとボトルネックになります。

生産量
需要量
お金の量
最小の値に
引きずられる

この簡易モデルでも 3^3で27パターンありますが、まず9パターンをシミュレートしてみます。

 ①
生産量

需要量
満たされる度合い
(②,③の比較)

お金の量
交換の比重(③,④の比較) ④交換量
(①,②,③のバランス結果)
 =
 安定
   =
 安定
<
インフレ
  >
インフレ
>
貧困的
デフレ

(お金がボトルネック)
 =
安定
>
贅沢厳禁
=
 安定
=
 安定
>
インフレ
>
贅沢禁止
=
 安定
<
インフレ
 >
インフレ
<
インフレ
>
インフレ
=
質素
=
 安定

さらに需要量:中にして6パターンほどシミュレートしました。

交換量がお金の量より小さいとインフレ傾向が、大きいとデフレ傾向があります。しかし要求にこたえる十分な量の交換量がない(お金または生産)の場合、潜在的需要を満たせない状況になります。

  • お金を媒体とすることで、余計にボトルネックが発生し、コントロールが難しくなっていることがわかりました。(ほとんどのケースお金の量の適切な値は生産量よりも、需要量に引きずられる。生産が少ない時もそれにあわせ交換量・満たされる需要が下がり、お金もそれに合わせていく方がバランスが取れる)
  • 需要より、生産量が多いかお金の量が少ないとデフレ(お金が重要になる)傾向が出そうです。
  • 需要より、生産量が少ないかお金の量が多いと、インフレ(消費が重要になる)傾向が出そうです。

調整するときは

需要に合わせてお金を流通させ、生産が需要に追い付かない時は、需要が生産に引きずられるようにお金の量も生産に合わせて減らすのがよさそうです。

生産量
需要量
お金の量
基本は需要にあわせる
生産が追い付かない時は生産に

日銀(中央銀行)が行う、マネーサプライの調整は次章で、再度説明します。

需要に合わせるというのは個人的なおススメの調整法です。
根拠は需要が一番コントロールしにくく、お金がコントロールしやすいからです。ただ生産が少ない時は、生産増強に時間がかかり、ある程度であれば 減らすのは簡単だから節約したほうが良い(需要を落とす)という判断です。

貨幣数量説 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A8%E5%B9%A3

社会に流通している貨幣の総量とその流通速度が物価の水準を決定しているという経済学の仮説

セイの法則、物販の法則

セイの法則 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えても価格が下がるので、ほとんどの場合需要が増え需要と供給は一致する。それゆえ、需要(あるいはその合計としての国の購買力・国富)を増やすには、供給を増やせばよいとする。

※アダムスミス「1776 国富論」の見えざる手(神の手ではない)で言われる価格調整でいわれる話に近い。ただ、当時の状況を考えると供給もお金も、金銀であれば今でも通用するかと思いますが、現在のお金の供給を考えると勘違いしそうな話です。1929年の大恐慌のデフレの頃、ケインズによって否定されたとていますが、お金が足りていないため否定できないと思います。細かいことを言えば、限界効用説(お腹いっぱいの時に、もう食べ物はいらない)時は、物々交換ではないため、理論が合わないのだと思います。

セイの理論を基調にした古典派経済学に対し、ケインズの一般理論はそれを覆すものとされています。

収益と所得

所得が指す範囲

おおざっぱに取引量といいましたが、もう少し詳細に説明します。

会計のほうから見ると
収益と所得の違いに注目しました。利益やコストなどの単語が頭に浮かぶかもしれません。

収益は総売上に近く、所得は利益に近く、利益は収益から費用(原価、人件費等)を除いた金額です。

一方生産と生活という面から見てみます。

「生産の余剰の内取引して売れた額」が所得で、控除後税金がひかれます。都心では自家消費分があまりない人が多いかもしれませんが、例えば農家や漁師さんは所得が少なくても、都心ほど食べ物や燃料に困ることはない場合があります。

また土地にしても所有していない人やローン中の人は大きな額を、所得から 保険料もふくめた税引き後 支払います。

お土産、おすそ分け、祝い金、見舞金、寄付などはお堅い用語での経済取引に入りません。ただ生活の豊かさには関与しています。

破棄・腐敗についても情報や流通(ロジスティクス)のインフラ等がそろえば所得やおすそ分けとして増える余地があると思います。

👉Mouse
生産量
破棄・腐敗
取引量:所得
お裾分け
自家消費

所得に関するもの、影響するもの

日常生活とGDPの具体例

所得はフローですので、節約すれば溜まっていきます。溜まった豊かさは数字に表れてきません。逆に人・自然・建造物・文化等への破壊行為、ゴミの破棄などの負の遺産も現れません。これ以上は想像したくないので言いません。

国内総生産 – Wikipedia

原則として国内総生産には市場で取引された財やサービスの生産のみが計上

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%86%85%E7%B7%8F%E7%94%9F%E7%94%A3

おすそ分け以外にも、親切や面倒見や看病、スマイルや声がけ、やさしさに関すること、自治会、消防団、祭り、PTA会、部活、ボランティア、助け合いなどはGDP上には表現されません。極端な言い方をすると、どんなちょっとした時でも、お金がなければテコでも動かないような社会ではGDPが増えますが、この件についてはGDPが計上されないほうが幸せだと個人的には思います。これらは、生活の豊かさの大きく影響すると思います。

家事、子守なども、もしお金のやり取りをしていなかったら所得に乗ってきません。また安全な地域であれば、セキュリティ面、銃などの武器、柵など購入費、アンダーグラウンドの費用等もGDPに多くは載ってきません。

既得権益で割高なもの、長いこと保護されているもの、関税で割高なものはGDPに乗ってきます。

間に中間業者が多い時も、GDPに多めに載ってきます。

利子や金融の手数料は、直接の生産は0ですが、生産されるされないに関わらずコストとして会計上所得になります。

現在は所得というのは、誰かの支払いでもあります。生産を伴わないのであれば豊かさに関しては、ゼロサムです。

国内と国家間のGDP

GDPの指す総数は総生産ですが、実際の総生産は集計等されていないため、計算が難しいと思います。世界でいわれているGDPは一般に所得の総量です。つまり取引総量のみを指しています。

所得の総量は国内であれば、巡る分複数回所得にカウントされますが、もちろん国外の分は国内に巡りにくいです。またそもそも国民ではなく、国内総生産なので国外の生産は含みません。

トヨタ、ユニクロ、楽天をはじめ、電化製品等は海外で作られる分も大量にあります。GDPに対しては数字に表れてこず、乗数効果(国内の循環割合に近いイメージ)も期待できません。

日本は貿易赤字になってきているものの、投資分を合わせると経常黒字(ざっくりいうとトータルで)です。

さすがに最近は日本の借金という言われ方はしませんが 日本は世界で一番お金持ち債権は1000兆円、純資産としても300兆円を2017年時点で越えています。

実体はドルなどがメインですので、円で勘定してもざっくりとした指標にしかなりません(円とドルで買えるものやコストが違う、また相対価格は変動する)。これらが国内には影響しません。また日本の中央政府(国内)と日本国(国際)では意味が異なりますのでぼんやりと見ずに切り口がどうゆう範囲を対象にしているか注意する必要があります。

生産効率も低いといわれてますが、そのまま意味ある仕事をしていない可能性もあります。そのGDPというのは国内が対象ですし、仮説ですがサービスの質、安全や外食、サービスの安さ、パートの多さ、デフレや100円ショップ安売り、水道経営などの観点もあると思います。また、 世界3大都市圏が日本に集中しているので交通や仕事をはじめ効率が良い可能性もあります。 金額的に見れば労働生産性が低くなる特徴を日本は十分持っていると思います。

経営的に、国外で生産を頑張ってもGDPには反映されません。しかしそれを入れれば大きく生産効率という指標に影響するでしょう。

だからと言って、極端に日本が不幸だとは思いません。ノートやペン、おいしい牛丼やラーメンが安く手に入ったり、本や映画、娯楽に冷暖房や通信機器、お湯など快適に過ごせるのは十分幸せだと思います。 中世や近代の王様よりも明らかに豊かでしょう。

資料
◆資料1
平成29年末現在本邦対外資産負債残高の概要 : 財務省
https://www.mof.go.jp/international_policy/reference/iip/2017_g.htm
◆資料2
【図解・経済】日本の対外資産・純資産・負債残高の推移(2018年5月):時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_general20180525j-01-w370
政府や企業、個人が海外に保有する対外資産残高は前年末比2.7%増の1012兆4310億円
◆資料3
「円」はなぜ安全資産と呼ばれるのか —— 日本が持つ世界最大の対外資産とは | BUSINESS INSIDER JAPAN
https://www.businessinsider.jp/post-168698
◆資料4
17年末の対外純資産、328兆円で世界最大 3年連続減
https://jp.reuters.com/article/2017-net-external-asset-idJPKCN1IP3WX

西洋の指標やランキング等に影響されず、 数字が何を指すのか、そして数字にこだわってもモラルがなければ意味をなさず、システムでカバーできないことが多いことを認識してほしいです。 また、必ず実体験と結びつけて数字を体感してほしいです。

【コブラ効果】全くの逆効果になった5つの法律 – 歴ログ -世界史専門ブログ-


https://reki.hatenablog.com/entry/170330-Cobra-Effect-Law

労働分配

もう少し、生産とお金の関係について、じっくり整理しておもしろかったところを話します。

労働すると価値が生産されます。生産と言っていますが、コメや小麦の生産や、太陽光や風力発電でも、 実際は 大きな自然という中で人が小さく左から右に移動させているだけです。

また、自分が行ったといっても、今までの先人たちの積み重ねがあってその巨人の肩に乗って生産しています。おいしいキノコやフグを食べるため、多くの人が死んだだろうし、火の技術でさえもどれくらいの人が気づき、言葉も文字もない時代にどれぐらい消えていったかわかりません。

哲学や科学、数学なども、一般の人から見た変人と言われる人たちが人生の大部分を使って見出しました。今のネットもそういう人たちの知識で、高速に安価に動画や音楽データを送ることができているのです。

Mouse
生産価値量
労働付加
先人の積み重ね

労働した時は、生産したものを分配します。

資本主義が発生した当時は、図の左のように働いていました。生産したものを享受する量に対して、作業を分担し、生産に比例したものを分配しています。

一方現在は、蒸気、電気、ITなどが発達し、人の作業割合が減っています。そのため作業時間(時給・月給)にあったの労働価値で分配すると、生産量に対して、労働者に払われる分が適正でも、全体に対して割合が少なくなります。つまり生産に対する購買力が低下していくことになります。

また、実際に生産に関与した技術の割合も大きくなり、生産できた価値に対してより安価なコストで生産できるようになれば、生産価値に見合ったコストというものがより厳密に見出しにくくなります。

今後、ロボティクスやAIを検討したとき、図でいう上の部分をどのようにするかが注目点ですね。

生産価値量
労働付加
生産価値量
労働付加