最低賃金が良くないと思いなおした理由


はじめに

最低賃金で、分ける話が良く出ますが、自分なりにいろいろなケースを考え、社会が豊かになるには、最終的に良くないと思うようになりました。

その時に気付いたことをなるべく想定ケースを合わせてリストアップして、メモとして残していきたいと思います。

デメリット

最低賃金のメリットは、おそらく利益の分配ということでしょう。それについては省略して、ここでは、それを実現するため出てきてしまう副作用をいくつか見てみたいと思います。

・自立性・責任感が損なわれる
・働くということに、無頓着になる

豊かさは生産から生まれます。仕事に対して何かを生み出すことに理解がなければ、何をしているのかわかりません。作業分担はありますが、おそらく今の時代だけでしょう。

社会主義、共産主義がうまくいかなかったのは、資本主義の悪い面しか見ず、分けることにこだわったためだと思います。分けるためにも分けるものがなければ意味がありません。ゴミを分けてもしょうがありません。

例えば、まずいラーメンに3000円払えと言われ、納得できるでしょうか。
役に立たないものを作ったり、まだイマイチの内容の商品に対し、全額払うことがお互いのため、社会のためになるでしょうか。

最低賃金では、何を作っているかに余計関心を払わなくなり、無明になるのではないかと思います。それはスマートとは思えませんし、余計人が弱くなります。

・多様性が失われる

例えば、子供、子育て、時短、職の移動、ケガや刑務所、少年院からの復帰 のケースです。
大学行くより、興味のあるところで働き始めたほうが、本人にも社会にとってもいいことだと思うのです。 また最低賃金を確かに悪意を持って利用しようとする人もいるかもしれませんが、 最低賃金が高ければ高いほど、それを支援しようとする人にも負担をかけるのです。

大事なことは、健康に害を与えるほど、人生の時間が失われるほど搾取することを防ぐことであって、働く自由は各人にあります。労働のすばらしさを説くのであれば多様な労働方法があってしかるべきではないでしょうか。

社会的視点

社会的には、働き以上に貰うことは、表裏一体なので、生産したものをもらう以上に余計に払うことになり、経済の流れや豊かさが低下します。

最低賃金を払うということは、あなたが受けるサービスの質に関係なく、支払うということなのです。

反論に対して

・安定期しか考えていない

上記多様性に近いですが、 事業は 「諸行無常」とあるように、試行錯誤しながら小さい段階から大きくなっていくのです。それは最初からすべての道が見えているわけではなく、色々な淘汰や科学的進歩など突然来ることもあるのです。

最低賃金は、強制です。ブラック企業を防止するために、すべての人に強制するのでは、過干渉・過保護と言わざるを得ません。

強さとは、強かったからではなく、多様な中から生き残ってきたという理由もあると思うのです。

小さな事業をチャレンジする機会をそれだけ奪われ、長い目で見ると、それだけ日本が弱くなっていくのです。

・福祉は会社の義務ではない

福祉の問題は会社ではなく、行政(今の日本では戸籍を管理している地方公共団体)、ひいては国民の担当範囲であり、責任です。

会社は、仕事をするところであって、給料をもらうところではありません。

辞めさせにくいということは、まともな経営者であれば、雇いにくいという判断をすることにもなります。働きに関係なくコストがかかるのであれば、一人当たりの人件費が高く、労働時間が増えやすいということでもあります。

まともに働いている人から、時間とお金を奪うことにもつながります。仕事のできない人を横柄にさせます。

会社が儲けること自体悪くはない

会社が儲けること自体は悪いことではありませんが、社会的に見ると、会社が大きくなるほど社会的影響も大きくなります。

年功序列をはじめ、オバマケア、水道、電気事業の失敗を見るに、土地バブルなどのように、公共性の高いものは、妥当な儲けを超すと悪影響が大きくなります。

労働交渉が難しい理由

なぜ学歴社会となり、コミュニティ単位が会社となったか

おそらく、戦後の反骨精神から、優秀な会社が増え、経済が拡大し、人を大量に雇う必要から、リクルートが時代にマッチしたように、学歴社会になってきたのだと思います。

そのため、優秀な社員に働いてもらうために、福利厚生が充実しました。コミュニティ単位が国から会社になってしまいました。しかし、本来は福祉は会社で行うものではありません。

このようになると

辞めさせにくいことから、雇いにくさというデメリットも生まれます。辞めることや転職が悪いことのような雰囲気になれば、ブラック企業や自殺などおかしなことが起こりやすくなります。

確かに交渉力が弱いという面があるかもしれませんが、契約に納得すれば働いて、納得しなければほかで働けばいいのです。なぜほかに転職しにくいのでしょうか。これらから、黙目的にダメだと決めつけているのではないでしょうか。それによって自分の首を絞めているように見えます。

嫌なら他の仕事を選ぶ、そういう社会にしていく。そちらが自然ではないでしょうか。

最低賃金以外で、分ける方法

それでは豊かさの分け合い方はどうすればいいでしょうか。
福祉の充実は、最近思うに、信用貨幣なので、もうすこし取引の場に稼いだ実績(お金)がなくても、支援すればいいと思うのです。

まず、そもそも何かを生み出したのは、一人の力ではありません。先祖からの知識や技術、周りの人、天の利、地の利などいろいろな要素があるのです。また専門になるほど、その仕事の評価を他人がすることはできません。

所有というやり方が、社会的には同時に所有され非効率になっているのです。人が生産するときは、質量保存の法則があるように、そこにすでにあるものを少し寄せて取り出したにすぎません。脳科学的にも、本人が頑張った面も多大にあると思いますが、まったく知らないことを思いつくことはできず、今までの複合という意味で新しいアイデアが思いつけると思うのです。

つまり、一人ですべてできたわけでもなく、そもそも独り占めや所有の感覚が自分に跳ね返ってきています。

また道具としてのお金に制約があるわけではありません。お金は情報でしかなく、そしてお金を限界ではなく、取引に合わせて供給するという、ニクソンショック時の転換した目的でもあると思うのです。お金を希少にさせて、価値を高めるというのはこれからの世代に対する搾取にほかなりません。

生産できる人サービス提供できる人がいてそれが欲しい人がいれば、それをお金という信用を使って促進していいでしょう。それを制限してまで人より金融システムを重視する必要はないと思います。

お金に価値があるのではなく、お金は潤滑油であり、無から無限に作られます。無限に作れるということは0ということです。それが本来のお金の価値ではないでしょうか。

もちろん、お金の信頼は、生産することなので、なまければ価値が目減りします。しかし働き過ぎた分労働時間が減るというのは問題ありません。むしろ今まで労働に合わせてお金が普及しなかった、 お金持っている人としか取引が成立しないという システム不備の方が問題でしょう。

お金が流通している地域の、人間同士が日本円より信用があれば、それができます。そのため徐々に不正に円を使用しないか確認できる程度に、お金を供給していく方向が正しいのではないでしょうか。

仕事を依頼したいならば依頼すればよいのです。お金で安く買いたたいたり思い通りに動かしたいと思うことが、職業や労働に対する冒とく、ひいては生産力の低下、社会に対する罪や業です。

まとめ

福祉は会社という先入観に、私も最初囚われていました。そうすると最低賃金がーと思うだろうと思います。ただどうしても生活や仕事、生産、豊かさ、社会党を考えると、仕事や会社で仕事以外の話が出てきたり、生産性と適切な評価に合わないため違和感を感じていました。うまく整理できなかったため、色々考えたり歴史的流れを見たり、平和や哲学生活をを考えた結果、その先入観に気付きました。

会社は、一時的に何か豊かさを作り出すために集まったメンバーであり、肩書は作業責任範囲の違いでしかないのではないでしょうか。

生産すること、強くなること、責任を持つこと、当事者意識をもつこと。

最低賃金はこれらすべてにマイナスの影響を与えます。

人を弱くし、社会の豊かさから離れてしまいます。

大事なことは、シンプルに生産の余裕と、人の強さ、わけあうやさしさではないでしょうか。

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