死というのが怖いのではなく


死が怖い理由は、2つあるかもしれないと思う。

もうひとつは
単純に痛いのが怖いパターン
健康に過ごすしか無い。

ひとつは
自己の死。

自己というのは過去の経験の
いっときの出現だから、

死が怖いと言う文化やイメージに大量に触れてきたのだと思う。

死が怖くない人の言葉で何度もイメージすれば
自己は変わります。

死というのは、概念上存在するだけで
本人に死はない。

死んだ瞬間本人ではなくなるから。

生きているときに生きていることだけ考えれば良い。
死ぬ人は、生きていないので永久に答えはわからないから
気にする必要もない。

バラモン教では、そういう考えてもしょうがないことを
愚問と言うらしい。

結構好きな人に 岡本敏子さんがいる。
岡本太郎も好きだが、厳密には深い意味で奥さんではない。

その人も、
「死なんて、生きているうちに気にする必要はないのよ。
死んだときに気にして、気にしたとしても死んでいるから関係内のよう」
みたいなことをいっていて妙に納得した。

岡本敏子のナチュラルな人柄がわかるのでとかもおすすめします。

ほぼ日刊イトイ新聞 – なんだ、これは!
https://www.1101.com/taro/kotodama/index.html

 

古代ギリシャの.エピクロスも同じことを言っています。

死というものは 存在するか 死後の世界 又は輪廻転生 – 哲学 解決済 | 教えて!goo
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8783914.html
古代ギリシャの.エピクロス(BC341~270)は言っています、 「死は我々にとって諸々の悪いものの内でもっとも恐ろしいものとされているが実は死は私とは関係がない。なぜかといえば、我々が存在する限り死は現に存在せず、死が現に存在するときは、もはや我々は存在しないからである」と。

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