過去は参考にするだけでとらわれるべきものではない


今を大事することは当たり前にわかっている。
それでも過去にとらわれることが多い。

過去にとらわれる人々

どういうときに難しいかというと
過去にある分野に投資(時間とか労力)したことがあるとき
もったいないから、せっかくだからといって
未来を無視して、過去にとらわれる人がいるらしい。

どうかんがえるべきか

個人的には未来に失敗するくらいなら
あまり過去は気にならないけれども
過去に縛られ、過去を重要視しすぎる人がいる。
論理的議論では、こういう話は
無視していいもの。

八ッ場ダムとか、
いろんな地方の厚生施設など
過去に労力をかけたから残すのではなく、
これから成長するのか、いくらかかるのかを
考え議論すればよい。

しかもいくらかかるのかというのは予測精度が
とても高い 7,8割ぐらいはあると思う。
しかも、お金や事業価値が腐りやすいので
大抵もっとコストかかることが多い。

一方成長するかどうかははっきり言って
1/10以下だ。
柳井さんの1勝9敗という本や
タカラトミーさんも商品が当たるのは
千三つというくらいなので当たりにくい。
(最近はベイブレード)

ましてや、無責任者や、お金だけ考え
事業内容を信じていないような人が
やっても、本人が信じていないのだから
失敗する(というかやり切らないのは目に見えてる)

もう一つの原因

過去にこだわって動けなくなる人は
おそらく心理的にはもうひとつあって
実は過去にこだわっているのではなく
今、結果を見るのが怖いという
回避型タイプの人だ。

ようするに逃げる人は、責任を取りたくないし
結果について覚悟がない。

覚悟がない人は気楽に始め、
人のものだと、軽くものを扱い
うまくいったら参加して、
うまくいかなかったら知らんぷりする。

自信がない人が
覚悟を付けなければならないと悟らずに、
欲望に生きるとこういう風にくだらない人間になる。

こういう人は、学ばないし、
他人が見えなかったり全体のバランスが悪いので
視野が狭い。

視野が狭い人ほど、都合の良い解釈をする。
なぜかというと学ばないので、どういう認識が正しいかどうか
わからないままなのだから。

宮沢賢治の注文の多い料理店は
(ネタバレあり)

結局都合の良い解釈をして
すごいことが起きる。

まとめ

過去は参考にするもので、とらわれてはいけない。
普段から自分の行動に責任を持ち
他人のせいにしない。

自分がコントロールできないような世の中でも
事実ならば、それを認識し受け入れる。

その中でできることを考える。

過去にやったことを、学びとしてはなく
束縛として持ってくる人は
大抵無責任で、自分から何かを作ったことはない人なので
あまり意見を聞かなくてよい。
(事実情報だけは聞いて、判断するのは聞いてもいいと思う)

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