素直に見たときのお金の本質をまとめてみた


人に興味をひかせるお金。

どういうものなのか、
いろいろ調べたり考えたりしたことをまとめてみたいと思います。

こういうもののコツは、極端にしたり、
なかったりしたらどうなるかを考えたり
最初や最後を考えると、役割や立ち位置が見えてきたりします。

お金の本質

お金になったもの

お金は、レアで使えないけれど形の変わらないものがその役割になった。

ありふれているものだとと、交換価値がありませんね。
もし今まで何かに使えていたら、そちらに使うでしょう。

つまり役立たずだったから、
お金としての役割に価値があったのだと思います。

形が変わったり腐ってしまったら、わけがわかりません。
石や黄金、貝殻などイメージするとそうですね。
#ただ、生きる余裕が出てくると、宝石や黄金それ自体に
きれいだという価値を見出していたこともあると思います。

お金というのは、がんこで使いにくい、ハブれものだったんですね。

お金が価値あるというのは

お金そのものには価値がない。

交換したいものに価値があり、それを交換してくれるなら
その証書(お金)で交換するという意味です。

お金は交換できること、交換を保証できることに価値があるので
何にも交換できなかったら価値が無いのは理解できますよね。

お金を欲しがる前に何がほしいのか忘れないようにしたいですね。

お金の価値は使えること

お金は信頼や裏付けがあって成り立ちます。

お金は保証書みたいなものです。
日本円は何を保証しているのかわからないですね。
昔は良く金(Gold)と交換されることが担保されてました。

人間以外の動物にはそういう記憶が無いため、
価値が薄いのでしょう。

交換する中間媒体(ポイントなどお金の種類)は、たくさんあります。
それぞれに信頼が必要です。

お金は気分

不安定なもの。

余った生産量をどれ位で交換するかはお互いの合意。
余った量をどれ位で交換するかは、本人の気分や状況次第

お金の価値は、よくわかりません。
未来に対する約束であり、お金を使う人同士の信頼が物を言います。

交換が必要とされなければ
不要なものです。

100円 魚1匹
100円 魚3匹
100円 魚0.5匹

100円で魚1匹と換えても、魚3匹と換えてもいいんです。
100円は魚一匹の価値でしょうか?
100円の価値は何でしょうか?

上記の交換をすべて満たす方程式は
お金 = なんでもあり です。

だから、日常的に使わせようと流通させたい側は頑張るのです。
江戸時代の通過や、円、$、電子マネー、ポイントなどです。

30年後はなおさら不安定

ましてや、
30年後の価値はもっと不安定で不確実ということです。
お金を30年後に使うのであれば
30年後の生産量引く消費量に相当します。
その余った量をその年に消費するお金の量で割ったのが
お金の価値になります。

 

もし30年後年間の流通量が半減するのであれば、
お金はそれほど必要とされていないので
お金の価値は下がってます。

いくら貯めても、そのときに人がいなければ
お金の担保は誰もしてくれません。
未来の人は今の子供です)

未来では、別のお金を新たな社会で
また一から作っても良いです。
そうすると古い紙幣に価値はなくなります。
(中国などはその信頼がないから、金や宝石が割高でも求められるのです)

子供がいれば担保となりますので、
30年後のお金の価値は、
子供世代の世界の豊かさに比例します。

システム

お金は潤滑油。

お金は物々交換を効率的にこなす潤滑油です。
潤滑油がなければ、酷く連携が面倒ですね。

3日後、魚3kg手に入るけど、今10k石油ほしいとか
俺魚いらないけれど石油あるよとか

どうやり取りを整理したらいいのか
考えるだけで無理っす。って感じですね。

取引量と流通量

“作りすぎた余裕分を交換する(余った)量”の取引量にお金の取引量が等しい

魚を120分獲ったとして、自分たちで100消費します。
20が余りなので、それを交換できます。
もしかしたら腐ってしまうかもしれませんから。
money_base_rich-min

取引量がほぼGDPで、お金の総量がマネタリーベース。

それを一時的に、保管してもいいし
お金に変えて置いてもいいですね。

仕組みとして使うには、取引のタイミングで
お金を発生させれば十分です。

潤滑油として必要な量は、単位時間あたりの交換量分あれば十分な潤滑油となる

もしお金がなかったら取引できません。
10の取引を 5回行ったら 50の取引を行ったことになります。
時間がかぶらなければ、10のお金でもしかしたら済むかもしれません。

余って生産した量がこの取引量と等しくなり
生活に必要な分以上に生産した分が取引量となります。

お金の総量と余った量(取引量)をリンクさせれば良いです。
日銀の役割はまさにそうですね。

お金の価値と豊かさ

生産した分が豊かさとなります。

お金の価値はものなどの取引量 割る お金の流通量

お金が利子として増えても
豊かさが増えなければ、お金の価値は下がります。
(お金を渡すのではなく、豊かさを築く方法を教えるのが大事)

豊かさを産めば豊かになる

生産した豊かさとお金の量は関係ない

また、直接物々交換したら
その産みだしたはずの豊かさ分は
お金の取引量に反映されません。

親子関係ではやり取りしていません。
友達関係でもやり取りしていないこともあります。
それでも愛情の豊かさを感じるときあります。

お金以外で豊かさは作られます。

取引量 とお金の量のバランスがお金の価値

生産した量、取引量がそのままで、お金の量が倍に増えたら、
実態は、お金の価値が半分になってます。
政府がじゃんじゃん刷ったらインフレになります。
量的緩和して市中に流れても、赤字国債も同じです。
手形や債権や株などの投資も、お金の量を増やす仕組みです。

お金の価値が変わっても認識できなければ
お金の価値を見誤ります。
(お金の価値が下がったのに嬉しがったり、いっぱいあると勘違いする)

お金が足りない人にお金を貸すのではなく、
豊かなものを生み出すよう教えると
豊かさの総量が増えます。

お金は価値に連動して、本来消えて無くなるもの

魚と交換したお金は、何日も価値は本来は残りません。
20年の減価償却して壊れるものの対価のお金も20年が期限です。

豊かさの生産量は、自然に戻すコストが含まれていないため
不要な生産は、見えないリサイクルコストを地球全体の人に分散していることになります。

仮にお金に価値があるとしたら、
お金を供給した人に全員で分担して豊かさを寄付したことになります。

共有したお金は取引が終わったら消滅させれば、そういうことはありません。

政府が100円刷って
Aさんは 道を作って政府から100円もらいます。
Aさんは100円で魚を買います。
Bさんは売った魚の代金で桃を買います。
Cさんはももを売って100円を得て、
政府に税金を納付します。
政府は100円を償却します。

現実的に
Cさんは政府に100円あげたりはしないので
マクロ的な味方をすると、政府は100円の価値を得て、
100円が貯まります。

お金が腐らないと、どんどん溜まっていきます。

こうしてお金をすると、お金を刷ったところが利益を取って
お金が消費されずにだぶついていくリスクが高まるのです。
(景気が悪くなり、お金で取引しなくなってくると急激に表面化する。)

お金を発生させたところ(日銀?)がそのお金の最初の価値を受け取る。
=シニョリッジ。

お金を持っていてもお金の供給量を増やすと
持っている人のお金の価値は金額が同じでも減ることになります。
(銀行預金中に、大量にすると、預金していたお金の価値が減っていく)

豊かさや価値を生み出さなければ、豊かさに繋がりません

いくら動いても豊かさを生み出さず、
他の人と同じことをしていたら、
それは交換されない量であるので、豊かさに繋がりません。

社会と連動させるべきだが見えない価値と量

お金の価値は気分次第です。
現代では人の認識の限界の外で主にに変わるものです。
(認識の外でお金を増やせばバブルになりますが、豊かさは変わらずお金の量が増えます
認識の外でお金を減らせば、豊かさは変わらず。
さらに一定量を下回ると流通しにくくなります。
大恐慌時代は 1/3にも、もっと下がったとも言われています)

それが今までほっとかれているのは、
だれかが変動の上澄みを虎視眈々と狙っているからに他ならないでしょう。
社会的に意味が無いので、そんなくだらないことに頑張らせない仕組みはあって良いと思います。

だれも損しないために、お金の量を見える化すればよく
今の電子化の世界でオープンにすれば
十分現実的に対応可能だと思います。

お金と貯蓄

お金をためた人は、小さい視点で見ると
価値や豊かさを生み出したといえますが
マクロな視点で貯蓄量が増えているということは、
無駄なため方や生産をしている可能性があります。
(使い切らないのであれば、作りすぎ・働きすぎです)
欲しがる人がいっぱいいるものを作れたと言う見方ができます。
政府はその分余分にお札を刷って、それぞれに十分お金を回していたことになります。
(シニョリッジも十分得て希釈化されている)

ほしいのに足りないのであれば、
欲しい人にお金を渡せばうるおいます。

お金とは、他に人に喜ばれた量なので。
(政府もシニョリッジでウハウハ、作った人も喜ばれて嬉しいしお金も手に入るし、
欲しいものも手に入って嬉しいです)
倫理的に、稼げていないと言う話は別の話です。
マクロ的に十分食べていけるのであれば、一旦OKだと思います。

少ない資源を取り合いになったら、どうするかという話ですね。
基本分ければいいと思います。

分量的なリ、数年かけたりして分ければいいです。
あとは優先順位は、社会に対する貢献量に
提供する側が判断して
おおざっぱに合わせればいいんじゃないでしょうか?

あまり稼げない人に、お金で恐怖を与え縛るのが良いのでしょうか?
お金で縛る方法は今の資本主義のやり方です。
一時的にお金を稼げない人などが、行きにくい世の中になり
それが差別や、致命的な差につながるデメリットは大きすぎると思います。

そうではなく、計画的に
最低限、生み出さなければいけない量を決め
生み出せればOKだと思います。

計画してあまりうまく行かなければ、贅沢はできなくて
うまく行ったら贅沢が増えるような感じのほうが
結果責任もあるし、働く程度も調整できるので幸せです。

お金の経由元

盗んできたお金も効果を発揮します
ラベリングのある手形もありますので
どこから生み出したか証明すれば、
くだらない犯罪を減らせられるでしょう。

近代

お金は豊かさを効率的に生み出す、一リソースとして使えます

未来の信頼

前もってお金が溜まっているというのは、
生み出す約束した人か、
生み出せる信頼を持っている人です。

銀行と株式

更に複数人で集まれば、大きな加速度を持って
何かをスタートさせられます。

大航海時代は、保証と株の複合的なやり方で開拓しました。
東インド会社も、みんなではじめた最初の株式会社です。

渋沢栄一は、明治初期に銀行を作り
社会に必要な資本(初動パワー)から
ビジョンを実現していきました。

まとめ

リアルタイムに交換に必要なお金は増やせばいい
経済は滞らずにいき、
お金を貯める=貢献したことになる。
(資本主義の当初のきっかけ通り)

今不安なのは
十分に食べ物などがあるのかということや
ちゃんと豊かに作り出せるかということ。

それに直視すれば、
shareの仕組みが不十分なのが問題だとわかる。

自分は使いすぎる欲張りすぎるという認識があるから
他の人はみんな使いすぎて
不足するようなイメージを持つのかとも思う。

今のやり方で人を縛っても、
稼げない人を助けるのであれば、結局同じこと。
しかも経済が滞る分損失がでかい。
※経世済民と言う意味では、経済になれていない。

今後に向けて、
①欲張りすぎない程度のコンセサスは何かを話し合い
②どう色んな人を活かして、豊かな社会にして
③分け合うのかを考えれば、
もっといい未来があると理解した。
(& していく)

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