心で見る血の通った日本の歴史すとーりー~(13) 焼け焦げた日本の文化の根っこ~


(12) 戦略なき軽率な戦争

焼け焦げた日本の文化の根っこ

明治維新で、軍隊教育を施し、
戦後はまた0から教育をし直します。
特に昭和の軍人のせいにする教育と、報道規制をかけ
それがしらずうちに、会社や学校という村の中で
ヒトラーのように常識になってしまいました。

過去を知らず、人のせいにして、自分が無能であり
世界を変えられず、罪悪感をもつような大人が増えます。
それにより、ほかの人を使って心の平穏を保とうとします。
日常的にCMやテレビ、娯楽などノイジーな環境に置かれると
頭が整理されることはほぼありません。

また、娯楽やスポーツを見ることなどを推奨することによって
も似たようなことをさせます。

そうすると、暗いことも含めて現実をあまり考えずに、
楽しそうなことにホイホイ乗ったり、
いやなことを見ないようにしたり忘れて、
娯楽にドップリつかるような生活になります。

そのため特に能動的なテレビなどをよく見る子供は
人のせいにしたり、目先や我慢ができないかったり
いじめる側の対象や、人を見下すことをしがちです。

また、そういう考えなので本質を見据えて
未来に向けて進むのが難しくなりますし、
小泉首相や電通が行ったB層戦略のように
雰囲気や感情、イメージで物事をマスメディアを通じて
コントロールされやすくなります。

子どもは無理にやらすのではなく、
色々具体的に経験させ
熱中しているものを熱中させるのが
良いとんがり方をさせる良い教育になります。
自分で熱中することをするというのは
自分で自分の道を選んで
自分の足で進みます。
環境も影響はありますがそれが運命であり
信じて進むみちのはずです。

霊感商法にあるように、
人をコントロールするときは、
社会から分離させ、あるものに注目させ
同じ空間や言葉を共有することで
元の世界から引き離し、別の世界に住まわすことができます。

日本は、一定の水準を持つサラリーマン戦略を
明治のときと同じように戦後も引き継いでいます。

貧しかった農村から、団塊の世代の人たちは
集団で就職し、核家族化が進みました。

またお金や時間の使い方も、仕事の範囲も
とても狭いものになり、世の中のつながりや変化を
感じる力や本質を見る力が弱くなっていきます。

視野が狭いと、どうしてもマナーが悪くなりがちです。
協調して行える人は大きい仕事もでき、
人の気持ちもわかり賛同者を得られやすいです。

教育についても、戦後急激に子供が増え
核家族化し、子供が人と触れる機会が大きく減ったため、
子供が荒れ問題が起こります(安保闘争や暴走族など)。

そのあとは話をして気持ちを理解し合うことをせず
力で押さえつけてしまったので
無力感を感じ成長してしまった大人も多いです。

社会の政治やニュースは、本質を流さず
意味の分からない結論を流し、
それで結論は出ているとしてしまいます。

それでは計画や方向性も立ちませんし、
自分たちが大人になっても何をしていいかわからないまま進み、
それを子供に押し付けることも多くなります。
(せこいことを考えて頭が欲望に占められていなければ
わからないなりに、だれでもあってそうか間違ってそうか
わかるケースは多いと思います)

自分のことしか考えられないと
小さいことしか思いつかず障害が増えます。
全体のことを考えると、優先順位や大筋合意がしやすくなり
説得力も増し、大義と言えます。
(クラークが Boys be ambitious. と言ったり
小池都知事が 大義がまず重要ですというように)

国会議員は国、できればアジアや世界のことを考えて
政策を考えてほしいです。
地方のことのみ考えるのであれば、国会議員ではなく
地方議員の代表者にすぎません。
(地方をよく理解している程度の権限に抑えるべきです)

 

世界の潮流

このように見てきたように、現代でも本質は
弥生時代から変わらず渇望感や欲望から
人のものを取る世界はいまだ変わっていません。
それを所有権や軍隊・警察、法律などを使って
正統化していきます。

地域というグループが、それぞれの立場で自分たちが存続するように動いています。
例えば国という概念ではなく、世界企業が存続するように
その団体のコンセンサスの積み重ねで世界は動きます。

環境団体やメディアは正しいことをしているしていないに関係なく
動きの取れなくなった人は、必死で動いているだけにすぎません。

ただ現在は資本主義にどっぷりつかり、分業化が進んでしまったため
食べていくという全体の象が見えなくなり、
周りや世の中の仕組みが見えていないだけです。

社会の仕組みは複雑に絡んでいますが
世の中の仕組みはシンプルです。
時間的に空間的にも、大きさ的にも
全部つながりがあります。

例えば、人間とサルが元が同じように、
植物と細菌と人間が連動して、地球が宇宙が動いているのです。
言葉で考えると別の生命体のように見えているかもしれませんが
その木と隣の雑草は広い意味で同じ生命体のリズムを持つのです。
人間が捨てたごみや地球に排出した水分は、人間が飲む水と繋がっています。

欲望が強い人たちは、ほどほどの生活水準を超えても
まだ周りを破壊してまでも自分たちを拡大させます。

例えば、力というのは
直接的な素手の暴力から
科学と掛け合わせて、蒸気などのパワーに打つり
火力や原子力などのエネルギーにシフトしました。

そののちに、情報、石油、宇宙、金融、ITなどを使い
物理的なものとは別次元で世界に人間家畜の囲いを作ります。

お金や食べ物、石油など飢えているという錯覚を
所有権という概念とあわせて作らせると
頭が鈍り、恐怖心によりヒエラルキーの支配を受け入れてしまいます。
(ヒエラルキーにすることで、正しくないことでも
大多数の人が受け入れ、反発を抑えられるから)

ヒエラルキーでなければ、パワーによる支配はできませんが
オープンになれば、徳や恥、感謝、愛の文化で、抑制できます。

かといって政治に無能な人に渡すと、
程度の差はありますが社会が崩れます。
(カンボジアのポルポトやアラブの春やジャスミン革命など)
しかし、わかる範囲で主体的に行動し
それを経験して文字通り経験値を積むべきです。

今の現実はパイが小さく有限という
恐怖心で動いている事実は認識しつつも、
そろそろ次のステージへ
地球の人は進みたいです。

最後に

次のレベルアップは、
奪い合いではなく、分け合うことに向かって進むことだと思います。
そういう中で広大な資源にアクセスできる可能性があります。

例えば、巨大企業よりも、
人類全体の中から得意で好きな人が考えたほうが
新しい仕組みや薬など見つけやすいと思いますし
応援も得やすいです。

またそれぞれが動ければ、ニッチな要求でも
そこに近い人や気付ける人たちが知っていればたいていよくて、
そこで迅速に対応できます。

あまりにも極端な所有権と
全員参加の政治は破綻が来ています。

また 弱者も一員である世界で
弱者が生き残れない行き過ぎた資本社会では
端から崩壊していくのは当たり前です。
(極端な社会貧困層が発生している朝鮮半島や、ISIS地域など)

資本主義単独で存在できるなら
共産主義などほっといて問題はありません。

共産主義のもっているものを本音では奪い取ろうとするから話がこじれます。
筋がはっきりせずもやもやするのです。
(危ないという理由をつけて、恐怖心をあおりちょっかいを出させ、
都合のいい部分だけ自分たちで所有し、
それ以外のごみ(いらない部分や責任)を合法的にまわりに散らかします)

行き過ぎた資本主義は、弱者にやってもらわないと維持できないから、
気づきにくい高さで、力を使ったり囲い込もうとするのです。

詐欺師に騙される人は物事の恐怖心と欲望を、
文字通り逆にえさとして使われます。

物事の本質を見れば、違う流れに移る分岐点はかなり明確で
見分けられます。ただ資本主義で分業がすすみ、
自然(食べ物を作るとか)から離れてしまったため、土ではなく
表面的なコンクリートが視界の90%以上を占めてしまうのです。

未来があるほうが楽しい
生きる意味に重みも増せます。

全員がしなくてもいいと思いますが
リーダーシップのある人は
ぜひ、世界規模でどううまくいく世の中が正しい世の中なのか、
うまく自立して協調して連携する世の中は
どう作ればいいのか考えて、そしてチャレンジしていってほしいです。

終わり。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。