心で見る血の通った日本の歴史すとーりー~(6)地方の不満と反乱~


(5)内部の混乱

大きな国の勃興

そもそも生活が大変なのに
働かな貴族が年貢を持って行っても
仏教だけでは政治なんてできないため
各地で不満が起こります。

特に関東の武士などは
土壌も貧しいですし

防人(さきもり)など、
持ち出して防衛任務につくため
食うに困るぐらいです。

不満たらたら。

もちろん今でいう
家族というものを持てません。

家族と言っても、もっと何十人、何百人という意味での家族のうち
土地などを持たない人たちです。

その不満が徐々に
大きい形で噴火していきました。

「オラやっていけねぇだ!!」といったかはわかりませんが
939年に藤原純友が、 935年に平将門が乱をおこしましたが
力が弱く敗れて消えました。

そのころ、少数派であった平氏が
平清盛というカリスマのおかげで
繁栄していました。

しかし、もちろん食料事情が良くなるはずもなく
勤勉でもなければ、礼儀もなっていないなど
不満が拡大していきます。

関東武士の不満に気付いた人が

そのころ、同じように反乱を起こして失敗した
源頼朝がいました。
関東に飛ばされて、
関東武士の不満が良くわかったのです。

つまり、貧しいうえに大変。
(その当時は農民でも大変ですが)

立ち上がった頼朝

頼朝は、これを機会に立ち上がろうと
持ちかけましたが、
あまりにも徳もなく、実現できると思われなかったので
あまり仲間が付きません。

軍隊もいない頼朝が
「一緒に起業して世界(日本)を変えようぜ!」っといっても
怪しさ満点です。
仲間も少ないため、
平氏や天皇からの部隊などにコテンパンにされていきます。
全戦全敗。

そこでもなんとか逃げ回っていたり
向こうの統制の弱さなどもあり
義経を味方につけることができました。

義経は馬鹿がつくくらい、馬にも剣にもたけており
えそんなところから!?
えっそのタイミング!?
えっそれはやっちゃいけないよ。と言われるような
戦術も使いました。

それと運動能力をいかんなく発揮して、敵の裏をかき
勝てるかどうかわからない戦いで
正に圧勝していきました。

調子に乗った頼朝は、
邪魔な反乱分子を成敗していきます。

それは上手くいったのでしょうか?

それは、また次回に

(7)内輪もめと権力争い

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