満州というのは、万里の長城の外にある


万里の長城というのは、満州の南にあってびっくりしたことがある。

万里の長城の歴史

万里の長城は
実は当たり前かもしれないけれど
過去何度も作り直されてきたし、
いろいろな国がいろいろな方向への防壁として作ってきた。

 

万里の長城の歴史 — 7つの王朝支配、およそ2000年
http://www.arachina.com/greatwall/history/
春秋時代万里の長城(紀元前770年~476年)
小規模な長城
戦国時代の万里の長城 (紀元前475年~221年)
各国の間に築かれた防壁
秦の時代(紀元前221年~206年)
特に北部は秦、趙、燕の国によって築かれ、北方モンゴルからの攻撃を防ぐため、一直線の壁が作られました。そしてそれが現在ある「万里の長城」です。
完成した時点のその全長は5000キロメートル、「1万里(1里約0.5km)の長さもある壁」として知られるようになりました。秦の時代の万里の長城は西は甘粛省から遼寧省遼東半島まで続いています。
漢の時代 (紀元前206年~西暦220年)
モンゴルとの国境付近でも同様にさらに強化、延長されました。東側、北朝鮮ピョンヤン近くの沿岸から西は玉門関までの漢の時代の長城は長さ8000キロにもおよびます。全長は枝分かれした部分や自然の防壁、溝も含みます。
北斉の時代(550年~577年)
隋の時代(581年~618年)
宋の時代(960年~1279年)
北部・北西地方で遼や西夏、金の侵略を防ぐための建設の歴史があります。
明の時代(1368年~1644年)
修復された長城のほとんどは明の時代に築かれたものです。そしてそれは八達嶺や慕田峪など明の長城として知られています。

長城の図

国境というのは今の地図から判断してしまいがちだが、
色々最近でも変わっている。

例えば、金の時代初めて
万里の長城の北の方と一体化したが、
実は女真(じょしん)族という
漢民族が匈奴や北狄と認識していた部族だ。

清が満州まで制覇したのも一時期だけだ。
その時の、度重なる北部の大遠征が
崩壊の要因になったと言われている。

前宋

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また今の中国は、
日中戦争時代には国ではなく、
明治維新の頃の長州ゲリラよりも
実態や統制はなかったと見られている。

ソ連の支援もあったが、
当時の蒋介石の中華民国に
北部の端まで追い詰められ、
あやく無くなりそうなときに
西安事件により、(人質?)
日中国境戦線ができ、生き残った。

 

満州

日本の敗戦間際以降、力をため
台湾地方へ中華民国を追いつめた後できたのが
今の中華人民共和国だ。

国として1949年に宣言したが、
このような内戦直後であるため
本当に国として統制できるのか
ソ連以外の世界各国は疑問であり、
正式には認めていない。

正式と言っていいのは田中角栄の’72年の日中国交正常化や
’71の中華民国と入れ変わる形での常任理事国入りだ。

この時世界(多くの国)は、
中華民国ではなく、中華人民共和国を国として外交するようになった。

その後も、東欧や東南アジアやチベットなどと国境が変わっている。

日本でも

白村江の戦いも、朝鮮と日本で境目があるような気がするが
当時は、百済と日本の九州北西部が
比較的近い同郷で同じ国境内に近いイメージだった可能性がある。

愛知より東を、ヤマトタケルのみこが遠征に行ったり、
初代征夷大将軍は東北まで進出していたが
平安時代は東(あずま)の国を
どれぐらい自分たちの国として認識していたか微妙だ。

江戸時代の松前藩は、青森とその反対側の
北海道を中心としていた。
礼文や利尻、樺太認識はしていたが
正確にはわかっていなかったともう。

そのあと、北海道を開拓し、樺太を間宮林蔵が調べ、
正式に松前藩の管理下になった。

このように国境というのは、当時の感覚で見ないと
侵略や戦争など当時の人いう意味がうまく伝わらないし
話が噛み合わない。

まとめ

このように、中国と言っても
当事者はぜんぜん違うし、
仮に同じとしても、
満州を遠征で侵略しとったのは
つい最近のことで、
昔はもっと小さかった。

今後

満州がどうのこうのという議論は余りどうでもよくて
日本が戦後に負け、まだ国となりきっていない中国があり
色々はっきりはしない。

権利を主張するよりも、
やはり、平和に向けてどう進むかということを軸に
話し合ったほうが良いと思う。

参考

2016/6/17第11回ちょこっとカフェ「満州国の興亡」が開催されました | 南町田福祉ネットワーク (地区社会福祉協議会)
http://nanmachifukushi.sakura.ne.jp/a/archives/536

歴史地図集
http://tsuka-atelier.sakura.ne.jp/map.html

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