実は違った騎馬隊のイメージ


実は違った騎馬隊のイメージ

小ぶりの馬

暴れん坊将軍などを見ると
周りの馬はすべて、サラブレッドなので
馬はサラブレッドのような気分がするけれども
日本の戦国時代では
実はもう少し小ぶりの馬らしい

下馬して戦うスタイル

しかも、馬から降りて徒歩で突撃するスタイル
かなり使われていて、
映画のように常に乗るようなスタイルで戦うことは
あまりないとのこと。

集団戦で密集したときに
馬で突撃するのは、敵の真ん中に突っ込むようなもので
致命的に近いので、たしかに下馬して戦うほうが
現実的だと思う。

以前 youtubeの動画でも、騎馬武者は降りて戦っていた
という映像が流れていた。

平安時代においては騎射が主流
治承・寿永の乱の頃より馬ごと相手にぶつかり
室町時代になると長巻や薙刀を用いる様
戦国時代の騎馬武者も当初は騎乗突撃をもって敵陣に突入していた様である。
騎馬隊 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E9%9A%8A

モンゴルは騎射して戦いますね。

ただ、下馬して戦うそのその説も
否定されているようです。

騎兵 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E5%85%B5

 

 

尻つぼみになったのでおまけ

おまけ

騎兵の使いみち

バラバラな歩兵に対しては威力を持ちますが
集団のたてや作で防御されたら弱いです。

騎兵は防御力がすくなく
馬ともに防御するのが難しいということもあります。

強みは機動力です。
機動力を活かして、囲い込みや
また相手の囲い込みを防ぐことが主なポイントです。
ローマ人の物語のハンニバル戦では、
包囲網や裏を掻くのがうまく
ローマ側はくやしくも数万人単位で
3回も全滅させられ、ピンチに陥りました。

強みを活かすにはやはり槍などの瞬間的な突撃か
弓によるちまちました戦力削り取りです。
騎馬兵に対する防御側は、集団火力で削るか
機動力、をさげるために、策などの障害を置いたり
狭い複雑な山道や遠くの戦場におびき寄せることです。
また防御力が低いため、重装歩兵や塹壕などで
防御力を高め、相手の攻撃を防ぎつつ反撃すると
崩れやすくなります。

後は偵察や伝令などが強みです。

平安時代はいわゆる弓騎兵だったと思いますが
弓騎兵を倒すのはなかなか骨が折れそうです。
ちなみに、飛距離は 100m~200mなので
球場の端から端ぐらいでしょうか

逆説の日本史にもありましたが
鎌倉時代では、元寇に対して
日本は集団戦法で対応しました。

騎馬隊の不利なところはやはり生き物であることと
身体が大きく場所を取り、エサ代もかかります。
大きいということは輸送コストが餌も含めて3,4倍はかかったと思います。
増やすために集めることも並大抵ではありません。
中国では、平原が少なく数が集められなかったため
それほど重要度は認識していても
多く実践で出てこなかったようです。

現代では
無線通信、キャタピラ、航空機、装甲車と言う技術があるため
残念ですが、騎馬戦法も使いみちは余りなさそうですね。

秋山好古の画期的な戦術って何?

伊予生まれの
坂の上の雲でも有名な
秋山真之の兄、秋山好古もフランス仕込の騎馬戦法

画期的かどうかはわかりませんが

塹壕と機関銃で
騎馬戦法をメインで用いらなかった戦法です。
プラスαとして、ゲリラ戦のように、後ろで撹乱し通信や橋の破壊を
1000km以上の範囲でやったそうです。

コサック騎兵の強さは、ナポレオンを撃退するぐらい強く
日本は、急遽オーストラリアから馬を輸入し
緊急で作った部隊でかつ余り重要視されていなかったらしいです。

また

  • 騎兵隊なのに、騎馬から降りて戦う発想が柔軟な点
  • 歩兵や工兵とのジョイント部隊という発想
  • 当時未知数だった、機関銃で対応した時間稼ぎ戦法が
    世界的にも重要な戦術である点

が評価されています。

当時はまだ航空機も、キャタピラもない時代でしたので
騎兵隊も十分価値があったようです。

ちょうど時代の変化の境目に、初心者であるがゆえに
状況を丁寧に見れたことが勝因だったのかもしれません。

参考

ロシア軍の騎兵は無用の長物だった:日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130521/248327/?rt=nocnt

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