財閥解体されたのに戦後日本が復興できた要因


GHQによる国内政策

GHQにより、軍備解体、言論統制、経済縮小(農業、軽工業社会)への
変革政策が実施されました。

日本国内では、ソ連、アメリカ、韓国の被害を新聞に載せられず
一方軍部の隠し事を載せて伝えていったため
軍に対する批判が高まっていきます。

日教組は言論統制の中で生まれました。
農地改革(GHQのNRS)により以後日本の農業の競争力は低下していきます。

また、公職追放により、鳩山一郎政権が終わり、吉田茂内閣が成立しました。
そして、A級戦犯も執行されていきます。

海外の状況

その裏の状況では、ポツダム、ヤルタ会談で
地中海~中東などで結論に至っていません。

急きょ就任した副大統領だったトルーマンも
米国内で再選したものの、
ソ連のスターリンをはじめ信頼がなくなりつつありました。

もともと寄せ集めの連合国なので
フランスとソ連が意見が合わなかったり、
スペイン政権がファシズムとして信頼を得られなかったり
ソ連がリビアや中東など求めたりしています。

またアジアでも、ベトナム独立運動や、朝鮮の分裂、中華民国の内戦など
起こっています。

占領もなかば

GHQの体制の中で、G2という情報操作部門と
GSとういう民生局があります。

その他にも、人事部門を担当するG1や、盗聴などを行う
民間諜報局(CIS)、日本を教育する民間情報教育局(CIE)があります。

G2、GSの対立から、GSは内部の腐敗や
芦田(あしだ)内閣の昭和電工事件の冤罪事件で
GSの勢力が弱まり、民主化よりも、
G2の目指す反共産の方針が強くなります。

不安定な国際情勢

また、トルーマンは蒋介石に支援を送らず、中華人民共和国が成立してしまいました。
朝鮮も南北で国が成立してしまいます。

イギリスやアメリカとしては、占領を終え(統制や賠償金など)
撤退を考えますが、アジアの状況から決断できていませんでした。

一方吉田茂は、ドイツの東半分が切り取られたうえ
さらに残った領域で東西ドイツに分裂されたり、
アフリカや中東、朝鮮をはじめ、日本も分裂されたり駐留されたりしている現状から

早急に寛大策をして撤退してもらい
軍備ではなく経済に注力しようと考えます。

実際、朝鮮戦争が発生し
ソ連は日本人7万~10万人も投入してやってきました。

マッカーサーなど海外は強さの面で、
吉田茂も暴走の面で再軍備は否定的でした。

しかし、韓国軍がまったくもたずに3日でソウルを落とされたりしたため
段階的に再軍備など容認していきました。

1950年 警察予備隊が発足されました。
中には 5%くらいの人が、警察ではなく軍隊だったのでやめた人もいるそうです。
のちに52年保安隊となり、54年に自衛隊となりました。

こういう状況の中
吉田茂がとった政策が旧日米安保条約です。

日本が、アメリカに基地にとどまってもらうことをお願いし
講和に向けて加速する方策を取りました。

サンフランシスコ講和条約(’51)で西側と講和し
安保条約を吉田一人で結び(’52)、GHQによる占領は終わります。

それ以降は 朝鮮特需(’50)やの神武景気(’54)、ベトナム戦争(’55)
岩戸景気(’58)、新幹線(’64)、オリンピック(’64)、
いざなぎ景気(’65)、人口1億人突破(’66)、万国博覧会(’70)と
拡大していきます。

まとめ

 財閥が解体されたにもかかわらず、
この景気回復ができたのは
GHQ内の対立や、連合国の足並みの悪さ、
吉田茂の対応による占領終了と経済政策シフト
極東裁判の受け入れなどがあります。

日本は従順だったため
財閥解体がそれほど進まなかったのかもしれません。

また、ユニセフや北米、南米をはじめ
多くの食料を寄付してもらい、立ち直りました。
(アメリカはのちには世界中が疲弊していたので、
援助を拒否しています)

 補足

GHQとは

GHQは正確にはGHQ/SCAP で、「連合国最高司令官総司令部」です。
つまり今でいう国連のUNです。

総司令部本部は第一生命館で、皇居のすぐそばの大きなビルです。
帝国劇場やビックカメラのそばですね。

マッカーサーは、日本国内も米国内も人気で
1948年の大統領選に出ようとしていたくらいです。

その当時の大統領はトルーマン大統領です。このひとは
ルーズベルト大統領が急死したため、
民意で選ばれずに代役として役職についています。

参考

※歴史の質問です。なぜGHQはわずか2、3年で… – 世界史 | Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14110182649

連合国軍最高司令官総司令部 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E5%90%88%E5%9B%BD%E8%BB%8D%E6%9C%80%E9%AB%98%E5%8F%B8%E4%BB%A4%E5%AE%98%E7%B7%8F%E5%8F%B8%E4%BB%A4%E9%83%A8#.E5.8D.A0.E9.A0.98.E8.BB.8D.E3.81.AE.E6.9A.B4.E5.8A.9B

警察予備隊 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E4%BA%88%E5%82%99%E9%9A%8A

日米安全保障条約(旧)(日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19510908.T2J.html

朝鮮戦争と警察予備隊
――米極東軍が日本の防衛力形成に及ぼした影響について――
http://www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j8_3_02.pdf

64年前に日本の運命を変えた日米安保条約とは?|やりなおす戦後史|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/75751?page=4

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