人工知能で職が奪われても、あまり悲観していない理由


また最近人工知能が話題です。

人工知能ブーム

ロボットの話とごっちゃになっているのもありますが、
トレンドとして 2014年ぐらいから再ブームの兆しが見えてきました。

ガートナーはすでに機械学習は
2016年、過度な期待の時期に来ていると分析しています。

ガートナー | プレス・リリース |ガートナー、2016年の情報セキュリティ・テクノロジのトップ10を発表
https://www.gartner.co.jp/press/html/pr20160825-01.html

人工知能がそこまで発展するとは思いませんが、
ロボットは全然増やしても良いです。

これからは、労働人口が減ってくることもありますが
人間が生存のために働いていたことを代わりにやってくれるということです。

奴隷みたいな人が減り、
それをロボットにしてもらえるということになります。

洗濯機や、自動車、冷蔵庫などもそうだし
ガスコンロや、給湯器など
人間の労働力の代わりになるものがいっぱいあります。

それに感謝してありがたいという思いがあると
意識の上ではそれがベースだから
ありがたさも多いと思います。

人間は人間が本来やるべきことにのみより注力して、
世の中をより良い幸せな方向に
変えられることをするチャンスになります。

ルネッサンス時期や、日本の平安や、室町、江戸時代の文化の発展をみても
こらからさらに文化が花開く可能性があります。

安い労働力が増えるということは
食べ物を今よりも楽に手に入れられる
ということです。

だから、
それがそれほどAIなどに不安になる必要もなければ
不安に踊らされる必要もないと思う理由です。

 

なぜ不安なのか

職がなくなると生きていけなくなる
感じています。

そこが実は認識ズレだと思うところなのです。

今は、何故かお金で生きていけると
表面的な理解で思っているかもしれません。

しかし、人は衣食住があれば生きていけます。
それに、エネルギーとなる温かいものがあると幸せです。

つまり、それぞれの生活共同体の中で、
もし衣食住が満たされれば生きていけます

私たちは知らず知らずのうちに、
資本主義やお金にのまれ
自分たちだけ生きていくので精一杯と思ってしまいましたが
もともと、一人では生きていけなかったのが
一番ラクな時期に、
生きて行けてしまうような世の中になったのが最近です。

一人では生きていけません。
みんなで協調して生きていけます。

協調する時はそれぞれが自立し
責任持って行動しながら
妥協し助け合うことも必要です。

それぞれが得意なことや、作業を分担すれば
今できていることは、たとえAIやロボットが来ようとも
マクロ的に見れば現時点と生産量や流通がすでにあることから分かる通り、
食べ物に困りません。

つまり社会システムが
弱者を切り捨て、個人単位や
ゴースト家族単位に分断し、
都合のいいときだけ強者(きょうしゃ)となり、弱者を虐げています。

それを本心で理解しているから
力がなくなったとき不安になるのです。

多くの人が、子供の頃の弱者としてのトラウマを持って過ごしています。
イジメや、経済的にも、繋がりを断ち、ターゲットを見つけては憂さ晴らしをします。
誰でも年を取りますし、誰でも未熟な子供の時期があります。

年をとると身体が動かなくなり、弱っていくのです。
お互い弱っているときに助け合う経験が少ないと
自分が動けなくなったときに、
やってもらうのではなく、
やらせようとするから、不安になるのです。

お金でしか動かなかった自分がいると
お金がなくなったときの不安が上がってくるのです。

人はお金以外の動機もありますし、喜びもあります。
元気なうちに、そういう視点で少しずつ対応していくと
色々なことが見えてくると思います。

最後に

AIやロボット活躍すること自体に不安はありません。
狭い視野での自分たちの生活の有り方が
長い目で見たときに矛盾に満ちているため、
直感的に気づき、不安になるのです。

 

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