道とは~メモ~


自分は常に先端にいる。
それは自分の道を歩いているからだ。

人はいつか気付く。
この有象無象の通ってきた道が
実は意味があったということを。

そうして
子どものように純真で素直になって
急に景色が変ったことに気付く。
宇宙と繋がる。

なかったのではない、
教えてくれなかったのではない。

拒否していたのは自分だ。
見なかったのは自分だ。

道があるのではない。
ただ、宇宙に突き動かされて
歩くだけだ。

周りを見渡すと
あちらにも、こちらにも人がうごめいている。
みんな自然の一部だ。

自然の道を外れて
腐るものもいる
それさえも、自然は理解している。
僕の前に道があるのではなく、
歩いた足元に道ができただけだ。

自分の道を
ただ、ただ歩む。

あまり知られていない「道程」の全文(『道程』作:高村光太郎)|かおり&やすらぎ(治療院ブログ)
http://ameblo.jp/kaori-yasuragi/entry-10653929786.html

どこかに通じている大道(だいどう)を
僕は歩いているのじゃない

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから 道の最端にいつでも僕は立っている

~  ~

そして僕は ここまで来てしまった

このさんたんたる自分の道を見て
僕は 自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ

~    ~

さめよ、さめよと叫んだのは自然だ
これこそ厳格な父の愛だ

~  ~

とうとう自分をつかまえたのだ

丁度そのとき 事態は一変した

~  ~

自然に背いたものは みな腐る
僕はいまのところ 彼等にかまっていられない
もっと この風景に養(やしな)われ 育(はぐく)まれて
自分を自分らしく 伸ばさねばならぬ
子供は 父のいつくしみに報いた気を 燃やしているのだ

ああ

人類の道程は遠い
そしてその大道はない
自然の子供等が 全身の力で拓(ひら)いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出てきても 乗り越して歩け
この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ

~  ~

 

高村光太郎『僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる。』|インクワイアリー
http://www.a-inquiry.com/ijin/990.html
魯迅は言った。
『もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。』

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