地域通貨、ベーシックインカムのために知っておきたい 一つのこと【お金の本質】


ものは使うときに意味がある

お金に限らず、物事でも勉強でも
使うときに意味があります。

お金の信用とは何だろう?

お金の信用とは、何でしょうか?

まず、言葉の定義をはっきりさせること。
そして、主語と、目的語、場所、ユースケースを考えると
具体的に理解しやすいです。

信用の信とはホンモノ、を用いるということです。

つまりお金で何かいいものが買える必要があります。

お金自体に価値はあるか?

当たり前ですが
社会的視点では、主語は双方的に考える必要があります。

先ほどのことを社会的視点で考えると
逆に、モノを売る人の側に立って考えると、お金が欲しい理由とは何かです。

それは
いずれ、何かに使える期待、信用があるということです。

これらのいうことは
つまり、お金は単独で存在しないという事実があります。

お金が物質として単独で存在するのではなく、
お金が使える(さらには増えるという変な考え方もあります)という
信用、可能性が必要です。

信用とは生産し交換できること

地域通貨においては

地域通貨でいえば、それで何に使えるの?という点が大事です。
希少価値や自慢の種として使えても
というものがなければ、生活として組み込まれません。

つまり、生産力が問われます。
ということは、その地域であるスケール(通貨単位)で考えて
相当するレベルのものが必要になります。

地域活性化とは、
短絡的に
お金をもらうことではなく
仕事を作ることでもなく、
賃金を上げることでもなく
自分は社会に何ができるか、貢献できるかが大事ということがわかります。

そのため、未来なき地方交付税やバラマキ、ふるさと納税は間違った使い方です。

ベーシックインカムにおいては

同様に、UBI(ベーシックインカム)は
生産力が大事です。

それに見合う分を社会で生み出せるかがポイントなので
インフラの整備(住宅、エネルギー、交通、防衛、防災、医療、教育など)が大事です。

たんにお金をもらうだけではだめなのです。

つまり、視野が狭い考え方をするのではなく、
奪うことや貰うこと、自分で囲い込むことを考えるのではなく
社会に参加する人々が何を生み出せるかを考え、実際に行う必要があります。

だから、私は
二宮尊徳型のベーシックインカムを
推奨しています。

まとめ

お金は単独で存在するようなものではなく、
裏側に、お金が通用する地域での生産力の信頼が必要です。

補足: お金の管理にまつわる重要なイベント

発行タイミング

発行タイミングもこれを受けて考えれば、筋が見えると思います。

流通し始めのころの最初は、
お米とか、日本円とか、流通できるものとの等価交換も
含めて地域の流れを循環させなければいけません。

一方方向だけではだめです。

地域通貨も、生産力に合わせ、交換できるものにあわせ
徐々に増やす
必要があります。

お金は偏る

必ず、多くの人に喜ばれる人もいれば、
少ない人に喜ばれる人もいます。

何事につけ、うまい人・下手な人はいるもので
いずれ、偏ります。

余ったお金の使い道を考える

つまり、あまったお金をどうするかを
考える必要があります。

そして、生産力がない人に商品は売れなくなるため
流れが滞ります。

(つまり、ため込むと、地域通貨の流通量が減り
いつまでも使えるようにすると、生産力とのバランスが取れない)

現在実は矛盾する概念を整理していない

つまり、現代のやり方では
流通をよくすると、お金がだぶつき
逆に、信用を重視するとお金が不足し滞ります。

お金を貯めこめるとなると
そもそも本来の目的(みんなが食べていける、社会が豊かになる)から外れ
生産とのバランスが欠けます。

現在の通貨の性質が変わったことに対応せず、貯蓄重視思想が悪影響

それは社会的視点では考えられておらず、
個人的な分断の世界観が強くなり
逆に、孤立していくと、
その社会が弱体化(人口減少)に向かいます。

つまり、以下のような問題が放置され続けています。

・お金を増やせ、存在させたままにできるという不整合
・生産余力があるにも関わらず、貧困者に取引が成立しない事象
・単に、お金自体が不足している金融システム不備
・貯蓄という、信用貨幣に合わない考え方の未整備(所有による争いが増える世の中)

ブレイクスルー案

まずこのところを崩す考えとしては
社会的視点を重視したほうがよいと考えます。

つまり、まずは社会的に生産力があれば
生産を推奨し、モノやサービスをめぐらせ豊かにすることを
まず第一に
考えます。

(みんなが食べていけて、それなりに生活できる最低ラインを超し、
    上の不平等はどうでもいい状態)

使いきれないお金は価値がない(人へ貢献した実績は除く)。

そして、余ったお金の使い道は、
その年その年に使いきれない分で
長期的にみれば、価値は0です。

お金を貯められるという幻想は
あきらめてください。

現在の事由に生み出せるお金の存在の矛盾

お金は片方向性があるため、
一方のミカンなどの食べ物は消費しても、
もう片方のお金が存在するところに矛盾があります。
だから、最初にお金の取引をするときに、
何か売ってからでないと買えない制約が出てしまっています。
(稼げない人に対して、モノが売れないし、サポートしにくい)

何が悪いのか?

貯めるというのは
調和ではなく、濁りとなります。
食べ物などを生み出したとき、お金を作り
消費した後は、お金も消えるのが本来です。

拡大期

つまりその信用のあり方からずれているし、無理やり創造しています。
拡大期に大きく得した人がいるということです。
(銀行?東証一部?)

つまり売る実績より先に、お金や仕事を手にしたことを許容したということになります。
さらに、日銀が買い支えるということはお金を増やすことになり、
フリーランチにより国債や東証一部・銀行を中心に利益を買い支えました。
そして、それとあわせて
お金の本来行くべきところから吸い上げ
公共事業のうち生産や豊かさにつながらない無駄なことをたくさんしました。

一方、個人に対するバラマキ
フリーランチやインフレを懸念してしていません。
消費増税までしているにも関わらずです。

これは見えていないのだと思いますが、
都合の良いダブルスタンダード
2枚舌といえるでしょう。

大きな取引で発展の余地は、見つけずらいぐらい
今は豊であるので
投資先は見つかりにくいですが
個人単位ではほしいものはいくらでもあります。

それは投資を軸にする必要はありません。
個人にばらまいて、本人たちが大事、重要と思えることに
使ってもらっても構わないと思います。

生産力や資源、環境負荷が超えない限り大丈夫でしょう。
むしろこの50年間は無駄に節約しすぎたと思います。
これらを意識した政治・経済・教育を行っていれば
GDPや給料は今の3倍~5倍になっていてもおかしくはないと推測します。

停滞期

停滞期は、あるところにたまりすぎると(現代では偏りのみ)、
全体的に 健全な取引活動の場で
貧血のように不足します(不況)。

・仮にそこまで増やさなくてもよく生産力が延ばせても、売れないという期待が正しいのであれば、本来は十分社会が豊かな状態であるといえます。
それにも関わらず貧困が起こるというのは、土地から畑、漁場、ビジネスなど上から下まで所有・利権で合法的にブロックしているからです。

だから、その流れから外れると貧困に陥り
結果、 恐怖から 無理やり働いて貯蓄したくなるのです。

このように
貧困の理由は本人の問題だけではなく、社会の問題も多分に含んでいます。

衰退期

減衰期には、だぶつき、インフレ傾向になります。
度を越した(生産力以上のお金が回る)時は、一般に増税(国債返却)で吸収し
お金を日銀で消失させます。

生産と取引にお金の信用を社会のために利用する

取引できるものやサービスと、余ったお金

  • 社会でも無理な分
  • 個人では無理な分
  • お金の絶対量が不足
  • 支援、贈り物、譲り合い、おすそ分け等
  • 現 取引のおおよそ全体 :GDP : マネタリーベース x n :
       つまり1/n のさらに一部が およそ硬貨・紙幣です。
  • 外部(外国で使われる量など)

  • 貯金
  • タンス預金

お金の絶対量が不足している分は今にでも解消可能で
個人的に無理でも、社会的に可能な分もできるようにし、
引き上げることは可能
です。
(eあたりから、b,cあたりを含めるよう引き上げることは可能です。)

30年もバブル直後の間違った施策をし続け、
お金が不足している分 c. は
すぐにでも直した方がよいでしょう。

貯金はタンス預金でない場合、実際には現在すぐに市中に流れるため滞ることはまずありません。変わった契機である50年前のニクソンショックで対応をあやふやなままにしてきていることが問題でしょう。

喜ばれるために働くことはおかしくはないですが
今年消費しない分まで無理に働く必要はありません

そもそも、喜んでもらうこと関係なしに
24時間営業のように、無理に働くことを強制することはおかしいですし

未来のために貯蓄しても
先ほど言ったように
社会的に生産可能な分は
個人でできなくても社会でサポートしてよいです。

外食を贅沢だといって、お金のために自分の時間を浪費することの方が
排気ガスや効率の観点を含めても一層社会的におかしい考え方です。

家族や地域で笑顔で暮らせる時間、防衛や防災や防疫をして、困っている人を増やさない、 困っている人を 助ける時間を増やした方がよっぽど豊かだと思いませんか?

だから、その社会では
弱者がいないので
貯める必要がありません

(社会的に生産不可能な分は、お金を貯めても無理があります)

余ったお金の使い道を考える:再

いきなり貯めたものを、なかったことにすることも
乱暴ですので

円運動のように徐々に流れをそらし、
下水システムのように滑らかに自然に戻り調和するように
何か社会的に循環するポイントが必要でしょう。

個人的今々のアイデアでは
徐々にお金の価値を減らす
名誉などのものに変換するしか方法がないでしょう。

あとは散財したり
省資源(レア)なものは優先して買えるようにしておけばいいと思います。

散財によって、お金も機会も無駄にならずに
商取引が活性化すれば、
詰まっていたり十分な血流量のなかった血管の流れがよくなるように
生産・交換が活性化します。

つまり

  大事なことは、生産ということと
それに深く関連する 所有欲と正しく付き合うための、
整合性をもった社会的視点から見た知識
が大事だと思います。

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