社会的視点からみたお金の3つの本質、特徴


Peggy und Marco Lachmann-AnkeによるPixabayからの画像

※個人視点の稼ぎやお金儲け主義のような話は対象外です。「みんなが食べていけること」を軸に、お金を道具としてどう使えばいいのか検討した内容の一部を話します。

結論から

(a) お金とは

・借用書
Goldでなくなった。裏書

(b)お金の価値には

・期待値(生産、需要)

がある。

(c)お金は

・共有財産

お金は財宝ではなく、借用書(a)

お金とは単独で存在する財宝のようなものではなく、借用書。

もうすでに金銀財宝のようなものではなく、使えないとわかれば、紙くずのように落ちる信用貨幣となっています。

信用とは、何かというと、例えば日本円で買えるものに対する期待です。

生産・買えるものに対する期待値(b)

お金の価値は使えるかどうかです。

買えるものがなければ、日本円の代わりに持ってるものを差し出すことは少ないでしょう。

需要やお金の量がネックになるかもしれませんがそもそもだいじなことは生産です。念のため言いますが、それも単なる行動ではなく、社会的意味のある労働や生産を指します。動けばいい、作ればいいってものではありません。

日本の円の価値は日本のサービスの品質といってもいいくらいです。

そのため生産の期待値に合わせて、日本円の供給管理が必要です。

※管理方法については別ページなどで何度か話しています。

日本円は共有財産(c)

一定の人が自由にしていいものではありません。

水や空気だけでなく、防衛や防災、日本の生産効率のため、物流やエネルギー、情報ネットワーク、電波、土地などと同じように、みんなのものです。

日銀や、アメリカ、中国の経済の買い支えのために存在しているわけではありません。

大事なことは日本のみんなが食べていけ、なるべく愛情深く、豊かな時間を使えるような生活を過ごすことです。

おまけ

単純に、みんなでくっていくという視点で考えているにすぎませんが、あまりこういう本質的で社会的な議論がみられないように思えます。

みんなが食べていけるという視点がないから、
少子化問題から
消費税問題
地方の問題、給料の問題など
袋小路に陥っているようにみえます。

議論の大事さは責任と大きく(社会的・道徳的に)考えるうえで大事なこと

自己中心的視点では、議論にまとまりが尽きませんが

道徳的、社会的視点で考えれば、落としどころが見つかります。

勝手に議論して、決めた上に、一人一人が弱く孤立して海外に付け込まれているのは言霊、議論の意味が分かっていません。

国家というような体系を日本は古くから体制をとっていました。

天皇の存在だけでなく、17条憲法や、五箇条の御誓文にも、よく議論するようにという教えがあります。

総体という団結力、チーム力

責任をもって、大きく考える視点で物事を決めるには、総体が必要です。

中国や朝鮮は反日で総体を維持していますし、宗教で維持をしている地域もあります。ロシアは、モンゴルの騎馬民族からの独立を正当化するために、ロシア正教や、マルクス主義を利用しました。

ナポレオンは、国民国家という概念で、軍隊にまとまりと自立性をもたせ、連戦連勝しました。

日本は伊藤博文が悩んだ末、天皇制の再度光を当てました。それが日清戦争での豊島沖海戦や日英同盟、日露戦争での海戦の勝利につながりました。

最後に

簡単であるとか、楽できるわけではありませんが、正しい踏ん張りどころが見えてきます。

社会的視点で調和をとって、
見れば、バランスが取れるはずです。

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