【25分でわかる】デフレ対策が難しい4つの主要原因


デフレやお金のことを調べていくと、バブル崩壊後なぜ30年も低成長なのでしょうか?限界が来ているのであれば、世界中が横ばいのはずですが、日本だけが1.0倍に近く、他国は普通に2倍どころか3,4倍近くまで増えています。

いったいなぜなんでしょうか?ここまでこじれる理由は何でしょうか?
そしてなぜ、関係性も整理せず、解決方法がわかっ多様な表現をしているのでしょうか?本当に脱却できるのでしょうか?

主な原因

わかってくると、インフレについては考慮されてきていましたが、デフレについて考慮されていなかったのではないかと思います。いままでは何とかうまくいっていたことが、デフレの時はその不備要因の組み合わせから内容がさらに複雑になり、問題を一層難しくしているようです。もうそろそろ根本的に整理しなければいけない時期に来たように思います。

主要因
・お金の本当の姿がわかりずらい
・日銀のシステムが複雑
・貨幣供給システムの不備
・見た目以上に残酷なVAT税

直接の原因ではありませんが、 上記を理解するために、やや障壁となっていることがあります。

副原因
・正しい金融知識の不足
・福祉社会システムの不完全
・道徳の軽視

道徳を軽視することで、どう生きるか、社会とは何か、会社とは、働くとは何かが見えなくなっているように見えます。そしてそれがわからないとツールとしてのお金の使い方も社会の在り方や政治、そして経世済民のための経済も、いまいち見えてきません。お金の使い方がわからなければ、金融の正しい在り方も見えないと思います。

今までは福祉に関して余裕がなかったこともあるかもしれません。しかし、それを後にしていたため、色々なところで矛盾や不整合が起こり、その上に 幾重にもチリや灰が積み重なっているように見えます。 それらはまた正しい社会の在り方、お金の活用の仕方の上に覆いかぶさり、正しい社会の姿がより一層埋没しているように見えます。

言葉では、大事なことはすべて表現できません。体験することで深いところまで理解できると思うのです。長嶋監督が現役時代のエピソードに、説明を受けてぴゅー、とかだーという言葉出てくるのは、言葉もないくらい深い体験を表現していると思います。イチロー選手やダルビッシュ選手も自分の内なる感覚や体験を重視しています。

善意から間違うこともありますが 難しくしているのは、お金のために正しい情報を得ることをまったく気にしていない人たちがたくさんいることです。そして国民が豊かになることを気にしない人たち、そして他人に無関心な国民の存在です。

正しく理解し、責任を持ち、社会に対してもう少しオープンな視点やゆとりが必要です。政治や経済を丸投げするときではもうないのかもしれません。国民が理解して国民の責任で、政治を判断する時期なのかもしれません。

難しい理由

お金の本当の姿がわかりずらい

お金を直観で理解すると、日常との違いに大きく判断を誤ることがあります。それがデフレの時に顕在化しました。

生活に必要なものは、空気、水、そして食事です。
これら自体はお金が入ってきません。動物にはお金が必要ないのです。
現代に生きているのであれば、家や服、快適な暮らしも欲しいですね。

お金というのは、それらを殺し合わずにモノやサービスを融通し合える、人とは別の信頼システムです。

お金はほかのものと同じように、使うときに価値があります。
それは、欲しいものを買えた時です。

つまり日本円の価値は、それで何か有用なものを買えるかどうかに影響されます。

価値 = 生産 / お金の量

生産はおおまかには、今年作った量であり、交換できる量です。
お金は貯めたお金は含まず、今年取引した時に使ったお金の総数です。
もちろん何と交換するかは商品ごとにも違いますし、人によっても違いますが大体のイメージはこれで表現できると思います。
(1年でとりあえず区切った想定です)

ちなみにこれがわかると、外貨は日本円と違い特殊だということがわかります。
外貨と日本円で買えるものが違うので、単純には本来比較できません。日本人と西アジアでは、円とドルの使い勝手が全然違うからです。

円ドルで一部分が交換できるからと言って、全体を表すことにはなりません。

話を薦めます。
一方そのお金が、71年のニクソンショック前は金銀財宝のような交換できるものがある貨幣でした。借用書や手形に近い存在です。

つまり物質の量の限界が、お金の量の限界だったのです。

でも今は、情報でしかありません。つまり無限に発行することも可能なのです。

この違いにより、個人における制限と大きく違うことがいくつか出てきました。

まず、個人では何かを作り、売ってから出ないとお金は手に入れられません。
でも、日本のような国では、先にお金を発行することができるのです。

制限は物質ではなく、交換可能な量に依存します。

これが、一見表面的にわかっていても、
銀行のシステムや、日銀のシステム、国の財政について勘違いを
引き起こすのです。

日銀のシステムが複雑

なんとなく、日銀がお金を発行しているというイメージがあるかもしれませんが、あまり体系的に整理された情報を見たことがありません。そのため、上記のお金の理解と相まって、混乱が起こりやすくなっています。

細かいことは、ほかのページで書いたので省きます。

先ほどのように示した式のお金の価値を安定しなければ、おいそれとて、日本円に交換しようと思いません。四六時中値段が変わるビットコインでは、決済になりにくいのです。

そのため、日銀のいくつかある業務の内、お金の量を調整しようとします。

このシステムに絡めて複雑さを次のところで説明していきます。

※日銀の目的に物価を妥当な水準に維持するというのがあります。ただ物価とは何か、妥当な物価とは何かが説明できないと思いますし、経済をコントロールするということは歴史上からも無理ですので、目的を変えたほうが良いかと思います(現在の目的自体も目標よりですし)。

※もう少し「物価」についての考え方もページ末尾のリンクからたどれる、3章に考察を記載しました。

貨幣供給システムの不備

日銀は、インフレにはそこそこ対応できるのですが、デフレ期にはかなり対応力が不足するのです。しかも国(中央政府)と連携しなければ満足に対応できません。

今までは戦後のインフレや不景気など、何か起こったときの対処をしてきたにすぎません。

デフレ期には対応できないのです。
(過去にもそういう論争が、経済学者や日銀の間で何度かあったようです)

市中の貨幣を増やすには、お金を届けなくてはいけませんが、どうやって届けるのでしょうか。実は直接それを行う手段がありません。

日銀からの銀行の融資か、国債発行分を引き受けることで、一応市中のお金は増えます。ただしそれは、国債であるため、ごく一部の人や、福祉経由でしか投入されないのです。

※日銀が引き受けた国債の利子は、結局国庫(中央政府)に戻るため、その分の国債は無利子・無期限にいくらでも増やせます。つまり行政(日銀の)コストぐらいしかかかりません。

つまりお金が増えるタイミングは、その時だけ、しかも主なケースは国債を発行した時だけです。逆に徴税をかけ、国債を返す(黒字)と市中のお金が減少するのです。お金自体が富だと勘違いして思っていると、稼げてないからお金がないと思いがちですが、単純にお金が足りなくて稼げてないのです。

ここで気づいた人もいるかと思いますが、中央政府の 赤字はアクセル、黒字は経済成長と逆のブレーキの働きになるのです。直観と逆になりませんか?

※ 細かいことは省きますが 銀行融資などもありますが、現状貸与率が100%を切っているので、そのルート経由ではお金の量は増えてないのではないかと思います。

富が増えるタイミングは、市民が何か生み出したときですが、お金が届いていないため交換できません。また稼ぐ力が弱い時には、その人からお題を受け取ることができず、生産者から富が増えているにもかかわらず、貧困ビジネスは特にお金が循環しないような仕組みなのです。

※信用創造という考えもありますが、日銀からの融資でない場合、動かない資産である貯蓄を再循環させるだけなので、総量は増えません。有効活用する分、速度のような回転率が上がるのです。それにより実質的なお金の量が増えたような特徴が現れます。

国の財政の正しい理解がなければ、国債は発行しずらく、デフレに対応しにくいことが理解できると思います。

日銀が直接生産者が行う取引の場にお金を配れてません。今の懸念を整理してやり方を考えたほうがいいかと思います。また社会が豊かになる前に、システムを大事にし過ぎだと思います。まず社会を豊かにしてからデメリットを抑止したり、踏ん張りどころを整理することが筋かと思います。悪気があるるとは思いませんが、これによりしっかり良いものを作ったり提供した人に対して、強制的な搾取が発生しています。

国債はすべて破綻リスクの危険がある?

少なくとも、いくつかの赤字国債は将来世代との共有が妥当ですし、破綻リスクさえないものもあります。大事なことは意図と社会的な享受の内容です。

破綻リスクを考慮するならば、財政規律の前に判断材料を集め、これらは分けて財政を把握できるようにしておくべきかと思います。(ただしインフレで小さくすることや貯蓄税、財産分与の税などを財源にすることも可)

現状は、健康保険や年金、生命保険など、保険と福祉が混ぜ合わされているので、最低ライン(福祉)とゆとりライン(保険)をどこにバランスを取るかさえ、検討しにくい状態です(大雑把な会計で良くない)。

目的 概要 将来世代と
共有可
日銀引受け国債

供給量を増やす目的のもの
(無期限無利子(利子分は国庫に戻るので)、破綻リスクなし)


※ただし、使用するために、他の目的(下記のいずれか)が必要

・インフラ
・復興

・将来の学問
(科学技術)
・安全(福祉除く)/防衛など
・教育

長い間享受するもの将来の世代と共有するため

※ただし、生産や豊かさを産まない箱もの施設のうち、特にコストが悪いもの、意図が良くないもの、維持費を自分たちで対処できないものは良くないと思います。

※偏りが発生するため、依存体質(生産しなくなることや働かなくなること)は防がなければいけないと思います。

○ 

福祉
行政サービス

1階層:生存+最低文化レベル
2階層:子供、働きにくい状態(うまれ/育ち/時代による悪影響、ケガ、事故、老齢)の方支援
3階層:これからの福祉(生産力が上がった場合の働き方など)・・・ここが難しい
4階層:受益者負担、地域別/世代別負担
(5階層:年金など、さらなる、ゆとりある暮らしは基本保険として扱う)

基本受益者負担・自分たちでお金を出してまで行いたい行政サービスを行う。そのためほとんどは、赤字にならないでしょう。
※また、福祉や行政サービスは基本日本人向けのみ。保険は随時自由。

△ 子育て+先達に感謝分 のみで良いかと思います。

その他
赤字

その他、なにかあれば。
※基本ないのではないかと思います。

×

見た目以上に残酷なVAT税

国債があれば、いずれ拡がるでしょうと思うかもしれません。しかしまた組合せの悪いことに、消費税というものがあります。表面的には低い利率に見えますが、消費税は、損得かかわらず、すべての経済活動について、先に取られるのです。

※VAT:付加価値税(消費税に近いとされている)

計算すればわかると思いますが、お金が回る前に、蒸発するように徴税されるため、会社であれば、徴税タイミングは遅らせてまとめることができるので多少緩いですが、ほかの税に比べ、きついことが想像されます。

※これについても別のページに詳しくシミュレーションや概念図を書いてみました。

つまり、徴税は全員からお金を持っていくにもかかわらず、お金の投下は一部で、しかも借金しなければなりません。広がりはこの組み合わせも相まって今は遠いところまでいかないようになってしまったのです。

※豊かさのために借金が必要で、しかも徴税と富の分配が不平等。しかも遠いところには広がらず、バブル経過後の家賃として給料3割前後払うとなると四重苦となっていますし、なんとなく思っていた認識と大きく異なるのではないでしょうか。

1989年前後のGDPをみるとよくわかります。
※アジア通貨危機が原因でも、直間比率が原因でもないことはわかります。微妙な点でいうと他国(ヨーロッパもVATで20%かけているところもある)と違うのは、日本が既存のお金の量で成長しきったところでバブル抑止と消費税を投入し、しかも長い間お金の量を日銀が制限したため、お金が広がりにくかったのだろうと思います(もちろん、仮説です)。

※ 赤矢印が3か所が消費税(’89,’97,’14)、そのほか、911(’01)とサブプライム(’07)、東日本大震災(’11)です。

※GDPが3倍になれば、同じ徴税の率で返すことが可能になるばかりでなく、平均年収が 1500~2000万円になっていた可能性もあるのです。実際ヨーロッパのビックマックやラーメンの値段は日本の2倍を超えるところもあります。

※ひとえにこれは、「稼がなければ、幸せを教示してはいけない」にこだわり過ぎた裏面でもあります。生産余力があれば分け与えてもいいと思いますし、福祉や生産者、そして富そのものをもう少し理解したほうがいいのではないかと思いました。また過去の稼ぎを大事にするあまり、現在生産しているもの例えば福祉業務や医療、保育などにしっかりサービスを提供者側がしてもお金が回らなくなっています。これはバランスも悪く不公平ではないかと思います。

ただ、国債を発行して市中にお金を投下しても、それだけではだめなようです。お金を投下してもぐるぐると巡って右端まで行く量が、消費税やデフレマインドなどにより減っていっているのだろうと思います。

デフレマインドは正しい知識による不安やメリットを解消品と難しいです。豊かな社会をベースにして、生産活動、福祉のメリハリ、いきすぎた資本・グローバル・個人主義の調整が必要な時期ではないかと思います。

おまけ

使いにくい合わないシステムよりも、本来の目的である豊かさが先それ以外は取るに足らない問題

このように、根本的に富に合わせたお金の供給システムがないのが問題ですが、暫定的にも、消費税などにみられる、この富の不平等を防がなければいけません。

生活は生産することが重要であるにもかかわらず、税ということは生産活動に対する罰則ということになり、しかも、先に生まれ所有している人たちの方が有利な状況で、ますます生産がリズムアップしていかない仕組みになっているようです。

財政のリスクは大事かもしれませんが、正しいリスク分析が必要です。また社会が豊かになることよりも、たとえ人が死んだり苦労しても財政をコントロールするというのは本末転倒以外何物でもありません。

経世済民は社会が豊かになるためのもので、まず社会を豊かにし、そのあと悪影響に対処していくのが筋です。逆に社会のためにならないルール(あってもいいですが)、特に悪影響のあるルールなどは排除してよいし、まともな市民の立場から気にする必要はない・守る必要もないと思うのです。

また経済(値段やサービス)や人の気持ちをコントロールできると思うのが、人のおごり高ぶりというのは、ローマや江戸時代など、世界史を学べばいくらでも出てきます。

コントロールするのではなく、その場その場で対処していくべきだと思うのです。社会の豊かさを目標にせず、考えもしない場合、このように優先順位を間違うとそういう発想にならないのではないかと思います。

マクロとは他人と自分を同一視すること

“人間”と、”人”は同じ意味のように現代ではなっていますが、本来は”ひとのあいだ”。つまり社会を指しています。人間とは和の精神のように、もう少し見えない部分も含んだ社会も表現していると思います。

社会や政治も人の間や流れを見て、他人や犯罪者でさえも、時間軸も区切らず分け隔てなく見るというのが筋だと思います。 私だけ気が付かなかったのかもしれませんが 、現在は、家の中から外にゴミを捨てゴミの島できれいな家に住んで満足しているような感じで、個人でものを見て、部外は存在しないかのように認識するあまり視野が狭くなっている気がします。

例えば
・(生産に余裕があろうがなかろうが)働いて、そして怠けてはいけない→結局自分の労働時間が無意味に消費されれます。
・働いて稼がなければ、贅沢してはいけないし食べてはいけない→そうであるならば、年を取ったときに年金をもらえるということは矛盾するので実行不可能です。ほぼ全員が元気に年をとったらたどる道です。つまりあなたでもあり、愛する人、好きな人、大事な人たちのことでもあります。
・生産するから豊かになるのであって、生産力があるから分けあえる。だからお金を増やしても豊かになることはなく、社会的には 今は信頼がないため お金を媒介するというのは暫定的な対処方式です。
・お金を増やしてもインフレなって意味ないとわかっているけれども、お金を欲しがるという矛盾。
・ 倒産も不幸ではなく、役目を終えて引退するというお疲れ様の意味で見ればわるいことではないと思うのです。

このように、例えば公務員と、派遣と、社員で分けるとか、細かな年収で分けるというのではなく、未来の自分や孫や、親や親類、大事な人みんなが住む社会をどうしたらいいのかというビジョンを中心にしてまずこうしたら豊かに幸せになるという、意識合わせがもっと先にもっと具体的に議論できたらいいと思います。

そして、貰うことばかりを考えるだけでなく、行政とは国民主権というなかで、自分で治める自治であるので、自分が自分へ何を提供し、何を享受するのか自分事のように、あたかも身近で提供する側される側として両方とも当事者であるかのような視点で見なければ、偏りや負荷が発生し、うまくいかなくなります。

最後に

道徳という表現を出しましたが、個人的には道徳は、真理、宇宙、哲学、宗教、化学、政治などと同様な意味、つまり社会ができるだけ長く良い状態で存続するための知恵のようなイメージです。それらは経路は違うものの、本当の深い知恵を色々な方向から登っているようなイメージでとらえています。

社会的、自然的な調和がなければ、長く安定して存続できません。今会社も社会に対してサステナビリティを重要視しています。社会貢献度が高いほうがえてして利益が上がり、日本型経営の良さが見直されています。また近江(おうみ)商人の言葉に三方善しという言葉があります。

これは商売する上で、自分だけ得するのでもなく、相手が得するだけでもなく、さらに社会にとっていいことをするというような意味で使われます。

社会にとっていいことをするためには、最初しっかり考えなくてはいけませんが、そのあと社会にとっていいことなので、限界も少なく商売が発展していきます。自分だけよかったら、相手をだます必要がありますし、社会にとって良くないところであれば、いずれ近いうちに、限界が来ると思うのです。

もしかしたら、本当に必要なことは誠実さなのかもしれません。誠実さがあれば、これらの知識に時間がかかっても、いずれ本当の生きる知恵にたどり着くと思うのです。


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