輪廻ってだれが死後の世界って言った?


生まれ変わるという新解釈は

「人は生まれ変わる」
と言われる。

この意味は、
一旦死んで、死後の世界で
また別の生活を同じ魂で生きる
というニュアンスも含まれている。

いやはや
そうではなく

生き物やこの世は全てつながっている
って言うことを表しているだけだと思う。

もう一度読んでみてほしい。

輪廻 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E5%BB%BB
五火説とは、五つの祭火になぞらえ、死者は月にいったんとどまり、雨となって地に戻り、植物に吸収されて穀類となり、それを食べた男の精子となって、女との性的な交わりによって胎内に注ぎ込まれて胎児となり、そして再び誕生するという考え方である。二道説とは、再生のある道(祖霊たちの道)と再生のない道(神々の道)の2つを指し、再生のある道(輪廻)とはすなわち五火説の内容を示している。

太陽のエネルギーが植物に取り込まれ、
牛や人間を通じてつながっていったり、
動物が一つになっては別れているし、

体内や自然を通じて色々な
水や酸素、熱、炭素に鉄に窒素などが循環している。

生まれるというのは、動物として生まれるという意味ではなく
色々な形に変わっていっているという意味にも取れる。

輪廻といっているバラモン教は
そもそも、死後を語るのは愚問となっている。

愚問というのは現代で言う
しょぼい質問という意味と少し違って、

死後の世界は生きているうちにはわからない。
だから、考えるのは無駄・必要ないと言う意味だ。

なので死後の世界をバラモン教が語っているのは
違和感がある。

また仏教についても

もともと別の考えであった
六道(餓鬼道、畜生道など)と
輪廻(この場合も、”死んで”生まれ変わるという)
概念が繋がっただけだ。

“死んで”ということの捉え方が
そもそも違うと思うし

仏教は、、まさに生きることを重視する。
過去や記憶に囚われ、ぼーっとするのではなく
食べる時はちゃんと全力で食べ
掃除する時は全力で掃除し
寝る時は全力で寝る。

その考え方とも合わない。

サンスクリット語で「シャーキャ族の聖者」という意味の尊称であり、これを漢訳した釈迦牟尼(しゃかむに)をさらに省略して「釈迦」という
wikipedia

 

なぜこういう意味で広がったのか

こういう思想は
わかりにくいと伝わらない。

だから、恐怖心を感じたり
面白かったときに
意識的・無意識的に
そっちの意味で伝わった可能性がある。

伝言ゲームがあるように
人は同じ言葉でも、違うイメージをするし
理解したあとまた違う言葉を使って説明する。

まとめ

自分がイメージする輪廻とは
全てこの世はつながっていると言うイメージ。

この考え方をおすすめします。

どう捉えるかはあなた次第です。

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